封印されしもの、その110~魔王の最後①~
アルフィリースが語り掛けた内容に、影の手が止まる。そして考えの全てを聞いた時、影は本気で考え込んでしまった。アルフィリースが提案した内容は、教官と呼ばれた影ですら考えたことのない発想だったからだ。
その方法を聞いた時、正直影は開いた口が塞がらない気持ちだった。
「(いや、そんな方法は・・・だがしかし、理屈の上では可能か。お前、とんでもないことを思いつくものだ)」
「(私に言わせてもらえば、そちらこそ大したものだけどね)」
「(ふん。ではやるだけやってみるとするか。これは感覚が問われる魔術だからな、私も上手くいくかどうかはわからんが)」
影がアルフィリースの提案を実行に移そうとした時、先にティタニアが動いた。ティタニアは金の大剣を地面に刺し黒の大剣を担ぐと、足を大きく踏み開いて剣を上段に構えた。
「さて、なんとかなればよいのですが・・・ふうぅ・・・ハアッ!」
ティタニアの一閃。ライフレスの魔法に向けて放たれた剣の一振りは刃となり、回転をしながら突っ込んでいった。そして魔法の熱を巻き込みながら押し上げ、その動きを止めていた。いや、徐々に魔法はその高度を上げているのか。
その様子を見ると、ティタニアが舌打ちをして剣を収めていた。
「なるほど、これが魔法ということなのですか。私の剣風がわずかに上回りましたが、貫通したにも関わらず形をとどめてそこにある。あれは――」
「爆発するのも時間の問題だな」
メイソンと影が同時に球体を見ていた。魔法を斬ったティタニア本人にもわかっていることだが、一見何の変哲もない球体も中では斬撃の影響で渦ができ始めている。今はゆっくりだが徐々に速度を増し、やがて崩壊へと至るだろう。その際、あの魔法が爆発するのは避けられない。
精霊の動きを直に感じ取ることのできるメイソンと影だからこそわかることであった。
「まだしばらく時間はあるだろう。今のうちに離れるのが得策だな」
「賛成だ。さて、アノーマリーは死んだわけだが、どうするか、どうしますか」
「私も、あわよくば仕留めようという腹づもりですか」
ティタニアがメイソンに向けて挑戦的に言い放つも、その表情はどこか皮肉めいていた。同時にメイソンもまた両手を上げて降参の意志を示した。
「やめておこう、疲れたしな。もう今日は十分戦った。形はともかく共闘した相手を、敵を倒した瞬間に背後から狙い撃ったのでは、品が知れるな」
「ふん、つまらん冗談を言わないことです。そんな殊勝な人間には見えません」
「これでも敬虔なアルネリアの信者なのだがな」
「それと人間性とは別でしょう」
どうやらティタニアとメイソンはどこかで相通じるものがあるのか、会話もいつの間にか軽妙なものになっていた。だが影は慣れ合うつもりはさらさらなく、ついと顔を背けるとその場を後にしようとした。
その背後からティタニアが声をかけた。
「待ちなさい――貴女、何者ですか? アルフィリースではありませんね?」
「何を言うの、どこからどう見てもアルフィリースでしょう?」
「それこそつまらぬ冗談です。アルフィリースにそんな汚れた殺気を放つことはできません。その殺気は休むことなく他者を殺してきた――いや、それこそ戦いを心から楽しめる者だけが放てる殺気です。一度会っただけですが、あの娘には相手を嬲って楽しむような性根は持っていません。まだ本当の意味で戦い慣れておらず、人を斬ってまだ眠れぬ夜を過ごすこともあるでしょう。そんな娘に、そんな汚れた殺気は放てない」
「ならば私は誰だと?」
「それがわからないから聞いています」
影はティタニアのどこか困ったような物言いにくすりと笑うと、指を横に振りながら否定の意を示した。
「お前こそ。剣帝とか言われて人を殺してきた割には随分と素直な物言いじゃないか、ティタニア。案外と可愛い性格なんじゃないのか、お前。剣なぞ持たずに、嫁入り修行でもしたらどうだ。存外向いているかもしれんぞ?」
「侮辱ですか、それは」
「褒め言葉だよ、私には叶わぬことだからな」
影はティタニアの表情が怒気で赤くなるのをニヤニヤとして眺めながら、同時にリサを呼びよせた。テトラポリシュカに合流する前にアノーマリーに遭遇したためそのまま同行させ、安全な場所に退避させておいたのだ。
「さて、リサよ。脱出経路を確保してほしいと思うのだが、崩れていないかね?」
「あなたの言うことを聞く義理はないのですよ、スットコドッコイ。さっさとアルフィリースに戻りやがれです」
「細かい奴よのぅ。だがもう少しこのままでいさせてもらおう。本当にアノーマリーの奴が死んだかどうか、まだ疑問が残るからな」
「なんですって?」
「奴が魔法に巻き込まれる瞬間、わずかに他の魔術が働いた気配がした。おそらくは転移をしている。だが一瞬のことだったから、そう遠くにはいっていないはずだ。お前なら捕まえられる範囲かもしれん」
「・・・アノーマリーの情報として、転移の魔術に非常に長けているとの連絡があった。だから奴が転移で逃げ出さないように、戦いの際は対策を取ることが望ましかった。これは事実だ」
メイソンが付け加え、リサは退路の検索とアノーマリーの探索を、同時に行った。すると、予想外のものがリサのセンサーに引っ掛かっていた。
「・・・え?」
「どうした?」
「いえ・・・まず退路は大丈夫です、ここから急げば四分の一刻もかからず地上には出れるでしょう。それにアノーマリーらしき者の気配も確かにまだあります。地下の崩れていない一画。そこに逃げ込んだようです」
「やはり。で?」
「他にまだ戦っている人が。一人はテトラポリシュカ。その相手は――この気配には覚えがあります。おそらくドゥームの部下のマンイーターとやら。巨大な竜を乗っ取ったようですね。テトラポリシュカが苦戦しています。いや、これは――」
リサは言葉を濁した。苦戦どころの話ではない、テトラポリシュカの気配がどんどん弱くなっているのだ。最初に会った時の溢れるような力は既に感じない。もちろんまだまだ強大なのだが、人間に置き換えればこの弱り様なら死んでしまうぐらいの在り方だった。そのため、ウィクトリエがいるこの状況で、そのままを伝えることが躊躇われたのだ。
影もまたリサの言わんとしていることを察した。もちろん、ウィクトリエも。一瞬場が重い空気に包まれるが、口火を切ったのはラインだった。
続く
次回投稿は、7/31(金)16:00です。