封印されしもの、その109~ヘカトンケイル⑬~
「空だ、空が見えた・・・え、空?」
空が見えるはずがないのである。なぜならここは雪原。地表に出れば、大量の雪が落ちてくるはずであった。なのにその雪はどこにもなく、天井を掘りぬくと直接空が見えた。地表が近いここは、窪地になっている分、雪が多かったはずなのに。
そしてアノーマリーはもう一つの違和感に気付く。
「太陽が――二つ?」
「なるほど。歯痒いが、ドゥームの読み通りだな」
アノーマリーの眼前にある二つの太陽。目を凝らせば、傍には影が一つあった。一つは本物。そしてもう一つは、男の手のひらにあるのだった。
口を突いて出るアノーマリーの疑問。アノーマリーにしてみれば、本来なら知識の探究者たる誇りが許さない、その言葉。
「なんで――なんでここにいるんだ、ライフレス!」
「死にゆく者にはどうでもいいことだ、アノーマリー。俺は死者に語る口は持たん。消えるがよいだろう――死を産む太陽による判決」
ライフレスの手のひらから魔法が放たれた。アノーマリーには当然、防ぐことなどできようはずもない。大雪原の万年雪すら跡形もなく溶かすだけの熱量を備えた魔法。即席の魔術で防ぐことなど不可能だった。
アノーマリーは途中から想像していたが、これで確定的になった。ここまでの一連の流れは、ドゥームによって作り出されたものだと。
「・・・はっ、こんなことでやられるなんて。ドゥームの奴を舐めす・・・ぎっ!」
アノーマリーは悔しそうにドゥームに向けた悪態をつぶやいたが、それが言葉になって誰かに届くことはなく、アノーマリーを太陽は飲み込み、そしてゆっくりと工房の方に向かっていた。ライフレスはわざと速度を調節し、ゆっくりと進むようにしたのである。それでなくとも、かなりの質量で放ったので、進行速度もゆっくりとなるのが必然ではある。
「さて、ドゥームの注文通り五割くらいの威力に抑え、極力速度は遅くしたが、アルフィリースやティタニアは脱出できたのか? デッド・ライジングの半分の威力でも、このあたり一帯は消失するだろうがな・・・本当にこれでよいのだろうな、ドゥームの奴め」
ライフレスは疑問を口にしたが、結果はどうでもよさそうだった。この程度で死ぬならそれまで、縁がなかったのだと常にライフレスは考えている。今はただドゥームからの情報を元に、アノーマリーの始末の手伝いに来たのだ。
もちろん、ライフレスにはティタニアが造反したかどうかなどという情報はないし、ティタニアの生死すらもどうでもよかった。ゆっくりと地表すら溶かす自らの魔法の行く末を、ライフレスは上空から見守るだけである。
***
「アノーマリーの気配が消えた?」
「ちっ、そういうことか。天井を崩すのは囮。すぐに逃げたがるアノーマリーの逃げ道を限定し、確実に仕留めるための伏線か。誰かは知らんが、よく奴の性格を知っている奴の行動だな。大したものだが、こっちまで巻き添えになるぞ!」
影はまさかの結果に悪態をつきながら脱出を試みていた。転移で逃げることはできる。ティタニアと、ヤオ、セイト、それに合流してきたメイソンぐらいなら起点を作っておらずとも、即席転移くらいは可能だった。だが地表に出たであろう傭兵団の仲間はそうはいくまい。少し出口は離れていただろうが、本格的にこの魔法が炸裂すれば、誰一人助かることはないだろうことは容易に想像できる。
影は別段アルフィリース以外はどうでもよかった。だが今後のことを考えると、誰も死なせてしまうわけにはいかなかった。またそういうアルフィリースとの約束である。アルフィリースが強く体の主導権を握る今、アルフィリースに嫌悪されるのは避けたいところだった。
「・・・ええい、しょうがない! なんとかするしかないか」
影はアルフィリースの意識を通じて、ライフレスの魔法を知っていた。当然対抗策は頭の中にあったが、実行できるかどうかは賭けだった。案の定、アルフィリースが頭の中で問いかけてくる。
「(できるの、あの魔法を止めることが? 以前と威力が段違いよ?)」
「(空気を遮断し、魔術反射を複合した魔術の重ね掛けで押し返す。反発で相当遺跡は崩れるだろうが、形くらいは残せるだろう)」
「(うーん、それじゃあせめぎあいね。もう一発飛んできたらどうするつもり? この工房が持たないわよ)」
「(む・・・なら貴様はどうする?)」
「(こんな方法はどうかしら?)」
アルフィリースが語り掛けた内容に、影の手が止まる。そして考えの全てを聞いた時、影は本心で感心して考え込むことになった。アルフィリースが提案した内容は、教官と呼ばれた影ですら考えたことのない発想だったからだ。
続く
次回投稿は、7/29(水)16:00です。