封印されしもの、その104~ヘカトンケイル⑧~
だがヤオだけはセイトの動きをしっかりと捕えていた。
「レオニード、この三人をロゼッタのところに連れていけ」
「は? ヤオ副長は?」
「任せた」
ヤオはあえて多くを語らなかった。だがレオニードとしても上官に任せると言われれば、黙って従わなければいけない。レオニードにも気になることは多々あったが、そこはぐっと飲み込んで、ヤオの言われた通りにガウスたち三人を引き連れて撤退した。
そしてヤオはすぐさま、セイトの向かった方向に足を向けた。その先では轟音が鳴り響き、凄まじい戦い展開されていることは、ヤオでなくともわかっただろう。溢れた魔や殺気がまるで刃となって襲いくるかのような圧迫感と緊張感の中、気合を入れていなければそれだけで意識を持っていかれるかもしれない。そんな中、セイトはぽかりと空いた空間の入り口、開けた場所を見下ろせるような入り口にしゃがみこみ、戦いの様子を窺っていた。
ヤオが見る限りその表情は静かで、全く動じる様子もない。セイトが動じていないのを見て、ヤオもまた負けじとばかりに心を静かに落ち着け、セイトの背後からそっと忍び寄った。その歩みはごく静かで気取られることもないかと思っていたが、セイトは背後を振り向くこともないままにヤオの存在を察知していた。
「副長、頭はもう少し低くした方がよいでしょう。時に戦いの余波が来ます。飛んでくる岩石程度なら逸らせますが、魔力の塊は俺でも避けるしかない」
「気遣いはありがたいが、部下に気遣われるいわれはない」
「失礼しました、性分なので」
「ここに来たのも、貴様の性分とやらか」
「そうです」
罪悪感のかけらもなくさらりと言ってのけたセイトに、ヤオも少々腹が立った。
「立派な命令違反だ。軍規に照らせば厳罰ものだ」
「知っています。ですが、この戦いはなんとしても見届ける必要がある。俺はそのためにこの遠征軍に同行しました」
「なんだと?」
セイトの言い方は非常に気になるものだった。先ほどまでの悪感情は消え、ヤオはセイトの傍にしゃがみこんでいた。眼下で凄まじい戦いが展開されていることは、忘れていなかったが。
「説明しろ」
「副長、最終的にこの戦いはどこに行き着くと思いますか?」
「この戦い・・・?」
セイトの言っていることはヤオには理解不能だった。同じようなことをカザスやニアは時々話しているような気がしているが、ヤオはそのようなことを気にしていなかった。自分は王に従う軍人であり、王命は絶対である。ドライアンが死地に飛び込めと言えば、ためらわず飛び込む。そして敵を駆逐し、生きて帰るために牙や爪を日々磨いているのだ。軍人とはそれでよいとヤオは思っていたので、難しい話は意識的に頭の中から締め出していたのである。カザスやヤオの話を聞いていないわけではなかったが、本気で理解する気はまるでなかった。
「言っている意味がよくわからんな。私にわかるように話せ」
「我々獣人も世の中の流れには無関係ではいられないということです。俺はグルーザルドが最近巻き込まれている戦いもまた、黒の魔術士が無関係ではないと考えます。先の中原での戦いも結局そうでしたし、決着のつかない南方戦線もそうだ。勝てそうなところで、なぜか一歩いつも届かない。まるで誰かが操っているかのように」
「・・・それで?」
「敵がいれば駆逐する。そんな場当たり的な戦い方ではだめだということですよ。俺たちは人間のように全体を見て、本当の敵を見定めねばなりません。当然、戦いの元凶が黒の魔術士だというのなら、俺たちは時に人間やそれ以外と結託しても敵を倒さなければならない。なんなら、黒の魔術士そのものと手を結んでも。
もっと戦いの全体を見ることが必要だ。だから俺は遠征軍に志願したのです。そしてここに来たのは、黒の魔術士の実力を見定めるため。いかにして彼らを倒すか、我らの牙をどのように彼らに突きたてるか。その方法を探りに」
「お前――」
その考え方をどうヤオは表現すべきか、言葉を持たなかった。ただそれはどう考えても、一介の軍人がするような考え方ではなかった。軍を率いる立場、獣将、あるいは――それ以上。ヤオが返答に困る間に、後ろからさらに彼らに近づく者があった。
続く
次回投稿は、7/21(火)16:00です。