封印されしもの、その103~ヘカトンケイル⑦~
***
「なんだか、戦った気が全然しねぇな」
「確かに、ほとんど後方だったからな」
「なんだテメェら、血が見たかったのか? そんならさっさとおうちに帰って闘技場にでも行けよ、血なまぐさいものが随分と見れるぜ」
引き返す傭兵の中に湧き出た不満を、ロゼッタが一蹴する。決意と共に工房の中に斬りこんだ傭兵たちの多くは、ほとんど交戦らしい交戦をすることなく、撤退することになった。もちろん戦うことなく無事に帰れるのにこしたことはないのだが、肩透かしを食ったような気分となった連中には、少なからず不満もあった。
ロゼッタももちろん内心では同じだったが、正直得体のしれない敵が待ち受ける場所に向かうのは、ぞっとするものがあった。引き返せると言われて、内心ではほっとしている自分がいたのも事実。
当然、そんなロゼッタの反応は他の傭兵たちにも奇妙に映っていた。
「姐さん、随分と丸くなったじゃねぇか。アレの日か?」
「馬鹿言うな。アレならむしろ昂ぶるだろうが」
卑猥な冗談に冗談で返すロゼッタに、慣れた面々は笑いを誘われる。傍では下品なやりとりにため息をつくフローレンシア。入り口は急な下りだったため、上がる時にはターシャ達の天馬の協力が必要だろうと考え、仲間の方を振り向いた時、異変に気づいた。
「・・・?」
「どうした、フロー」
「いつの間に渾名を・・・いや、それよりも。仲間の数が減ってないか?」
「なにぃ?」
ロゼッタが後ろを振り返ると、確かに人数が少ない気がした。
「点呼取れ! 誰がいねぇんだ!」
「ロゼッタ、今気付いてヤオとレオニードが連れ戻しに行った! 私たちの一部に先走った奴がいたようだ。構わず先に行ってくれ!」
「当然そうするぜ! いかにお前らがグルーザルドからの派遣でも、この状況じゃあ面倒見切れねぇ。自業自得ってことでいいな、ニア!?」
「もちろんだ。ヤオにも先に行けと言われている」
「ならいい」
ロゼッタはそれだけ確認すると、さっさと出口に向かって歩き出した。その行動の早さに、多くの者がすぐさま後に続く。ニアは一瞬だけ後ろを振り返ったが、自分のやるべきことに集中するため、残った獣人たちを率いて撤退した。
そして功名心にかられた獣人たち、カラスの獣人ガウスその他三名がアルフィリース達の後を追っていた。彼らとしてもノースシールくんだりまで来ておいて、手柄の一つもなくてどうしてグルーザルドに帰れようかと考えていた。戦いは彼らにとっての出世の場であり、戦いの中で命を落とすことは名誉である。命令に逆らって命を落そうが、功を上げれば許されることもあるというグルーザルドでの不文律が、彼らの行動の一因でもあった。
「よかったのかなぁ、ガウス」
「何が」
「勝手なことして、ニア隊長やヤオ副長に迷惑がかかるんじゃねぇのか」
「だがこのままおとなしく帰るのも獣人の名折れってもんだ。なんのために俺たちの爪と牙はあるんだ?」
「お前の場合は主に嘴じゃねぇのか」
「茶化すんじゃねぇ! ともかくよ、強敵を討ち取ってこそ俺たちもここに来た甲斐があるのさ。戦う機会が多いと思ったからこっちに来たんだからな。でなけりゃグルーザルドにいた方がマシってもんだ。人間の世界は鉄臭くてかなわねぇ」
「光モノが好きなくせによ。宝石店の展示物に半日張り付いてたのはどこのどいつだ」
「だから茶化すんじゃねぇって言ってんだよ!」
「で、なんでこいつがいるんだ?」
口々に緊張感のない言葉を交わしていた獣人たちの視線が、一斉にセイトに集まった。一番後方にいたセイトだったが、他の者の視線を受けても全く動じる様子がない。
「セイト、だっけか? お前も功が欲しいクチかよ」
「・・・そういうわけではないんだが」
「うおっ。俺、こいつが話しているの初めて聞いたかも」
「ならなんでついて来たんだよ。俺らはお前を誘ってねぇぞ?」
「万一に備えて、だな」
「万一だぁ? 何の万一だよ」
その時、一つ大きな振動があり、ガウスたちめがけて頭大の岩がいくつも飛んできた。地面が突然揺れたことでガウスたちはバランスを崩したが、その時丁度岩が飛んできたのだ。直撃すれば大怪我は避けられないところだったが、それらの岩は不思議なことに彼らには一つも直撃しなかった。
そして同時に、彼らのさらに背後から近づく者達がいた。心配顔のレオニードと、険しい表情のヤオ。一瞬ガウスたちの無事を確認してほっとしたレオニードだが、すぐに厳しい顔で彼らを叱責した。
「追いついたぞ、お前達。随分と勝手なことをしてくれたものだな」
「・・・」
「げ、副長とレオニード」
「なんで追いつかれたんだ? 途中には分岐もたくさんあったのに」
「ご丁寧に通った道にガウスの羽という目印があったからな」
「ガウス、お前! 間抜けか! いや、脱毛の時季か?」
「そんなアホな! ちゃんと毛づくろいはしてるから、早々毛が抜けたりはしねぇぞ!? お前らが抜いたんじゃねぇのか?」
「自分の毛を抜かれて気付かねぇとか、それこそ間抜けの極みだろうが!」
三人がぎゃあぎゃあと言い合いを始めたので、レオニードは情けないような気持ちで彼らを取り押さえた。これが将来のグルーザルドの精鋭になるかと思うと、みっともないとすら思う。人間の軍隊に比べ、規律正しさという点では明らかに獣人たちは劣っていた。
「なんでもいい、ここは戦いが近いから帰るぞ。お前達三人だけだな?」
「三人・・・? あれ、セイトの野郎は?」
「さっきまでここにいたじゃねぇか」
「ありゃ? どこに行った?」
ガウス達がきょろきょろとあたりを見回すが、そこには既にセイトはいなかった。
続く
次回投稿は、7/19(日)16:00です。