封印されしもの、その101~ヘカトンケイル⑥~
「(――否定はせんよ。確かにあの時代の連中が起きていた頃に、私は活動していた。だが仮にバイクゼルが目を覚ますと、大地が変革する程度の破壊は行われるだろう。眠っているのも、確かこの近くのはずだ。あいつが起きるだけで巻き添えを食うだろうな。その前に、下にいる奴を倒す)」
「(簡単に言ってくれるわね。私が感じることのできるだけでも、相当に厄介な相手よ? どうするの?)」
「(私がやる)」
影の言葉は強かった。アルフィリースもまた聞いたことのないくらい、いつもとは違って邪悪さは微塵も感じなかった。
「(どういう風の吹き回し? 体を貸したらそのまま乗っ取るつもりなんじゃない?)」
「(そのつもりはない。なぜなら、私が力を本気で使用すれば、お前の体がそれに耐えられないからだ。お前の体は普通の人間とさほど変わらん、私の全力の戦い方にはついてこれないよ。
だからお前の体を壊さぬ程度に、アノーマリーを倒せるだけの力を出すつもりだ。まあ、あの程度の相手ならそのくらいが丁度良いハンディというやつだ)」
「(・・・信頼できるのかしら?)」
アルフィリースは疑い深く問いかけたが、影の返事は逆に爽やかともとれるくらいはっきりとして、まっすぐだった。
「(無論だ。私としてもお前に死んでもらっては困るのだし、それに今ではお前に多少なりとも興味が出ている。この戦いはお前にとっても損にはならん。むしろ、今後オーランゼブルと戦うつもりなら、私の戦い方を参考にするとよいだろう)」
「(教官のつもり?)」
アルフィリースの言葉がかつての呼び名と同じだったので、影は内心でぎょっとしたが、内心ではとても面白いと感じ、自然と笑みがこぼれるような感覚を得ていた。
「(・・・そうかもな。さあ、代われ。お前の仲間もまたこんなところで失いたくないだろう?)」
「(いいわ。でも裏切ったらひどいんだから)」
「(裏切るもなにも、私とお前は同盟を結んだわけでも仲間でもないのだがな)」
「(同居人なら仲間か姉妹のようなものでしょう?)」
「(・・・本当に面白い奴だ、お前は)」
アルフィリースは意識が変わる時に影の本当の顔と笑い顔を見たような気がしたが、それもすぐに消え、不思議な空間に放り出された。そこは意識すれば自分の視線を見ることができる、意識の底とでもいうべき暗い場所だった。だが自分の中にいるという安心感からか、居心地が悪いわけではなかった。
そしてアルフィリースの表面に出た影は、まず傍にいたラーナ、リサ、ラインを捕まえる。
「おい、お前たち」
「はい・・・って、貴女はまさか」
「またアルフィリースを乗っ取りやがったですか、コンチクショウ」
「誰だ、お前」
声をかけただけでこの反応。話が早くて助かると、影は満足だった。
「時間が惜しい、よく聞け。今回はアルフィリースと合意の上だ。これから私が下にいる化け物の相手をする。お前たちは死にたくなければ、今すぐ反転して逃げろ。これから先は人外の戦いになる」
「承諾しかねます。死なばもろとも、私たちも連れていきなさい」
「私もアルフィリースにこの身を預けた以上、彼女のことを見捨てるわけにはいきません」
承諾しないリサとラーナを見て影は少々苛立ったが、すぐにラインが割って入った。
「保証はあるか。お前がアルフィリースを無事返すという」
「そんなものが戦いの中であるはずもない。寝言は寝てから言え」
「なるほど、戦う気はあるんだな? なら・・・ロゼッタ、エアリアル!」
ラインはすぐに二人を呼びつけると、有無を言わさぬ勢いで撤退の指示をした。凄まじい剣幕に、二人は反論する暇もない。そして仲間達を反転させると、自分はウィクトリエを連れて戻ってきたのである。
「これでいい。最悪この二人とアルフィリースくらいなら、俺がなんとか担いで離脱させられる。この二人はいざという時のために必要だからな。それにウィクトリエも」
「本気か? 生きて帰れんぞ」
「どんな戦場でも保証はない、だろ?」
ラインの言葉に影の方がやや面喰っていた。そして一瞬だけ顔を険しくすると、顎で彼らを促した。
「ならば勝手にするといい。私は戦いながら誰かを気にかけることはできん。それにテトラポリシュカもこの中で迷っていることだろう。お前たちはそっちの面倒を見てからこちらに合流するとよい。その娘のセンサー能力なら問題なく合流できるさ」
「上等。ならさっさと動くとするか」
そうして目的に向けて走り出す時に、影がアルフィリースにすら聞こえないほどの微かな心の声で、「羨ましい奴め」とつぶやいた気がしたが、さしものアルフィリースもそのことについて尋ねる気にはならなかった。
続く
次回投稿は、7/15(水)17:00です。