大草原の妖精と巨獣達、その20~涙、尽きて~
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どのくらい時間が経過したか。気がつけばリサがアルフィリースの傍に立っていた。
「リサ・・・」
「エアリーは?」
「泣き疲れて寝たわ」
アルフィリースの背中で泣き疲れたエアリアルはそのまま眠ってしまった。アルフィリースはそんな彼女に外套をかけてやったが、全く起きる気配がない。気配を消していないリサの接近にも、全く反応がなかった。羽虫が近づいただけでも目を覚ますエアリアルなのだが、今だけは完全に無防備だった。それだけ目一杯泣いたということだったのだろう。
以前ミランダがアルフィリースの前で泣いた時にはかなり激しくむせび泣いたものだが、同じ泣き方でも随分違うものだとアルフィリースは考えていた。果たして自分はどうだろうか?
「何を考えているのですか、アルフィ」
「うん、ちょっとね」
「・・・貴方も相当疲れているはずです、眠りなさい」
「ありがとう・・・でもなんだか眠れそうにないわ・・・」
「あのバカっぽい男が生きているからですか?」
「! リサ、貴方まさか話を聞いて・・・」
「いえ、ただの勘です。何だか殺しても死ななそうな奴だったではないですか。貴方達の話はさすがのリサも聞いたらまずいと思ったので、センサーとしての能力を封じていました。もう終わったかと思って一瞬探ったのですが、どうやらエアリアルが寝ているようだったので上がってきたのです」
「そう・・・」
アルフィリースがエアリアルの様子を見る。彼女は涙を流しながら眠っていた。リサもその様子を確認すると、悲しそうな顔をした。
「ですが現実的な問題として、あの男が追撃してくるとしたらここから逃げないといけませんが、エアリアルがいなくてはどうにもなりません。ですからせめて彼女が起きるまで、一緒に貴方も眠っておいでなさい」
「そうね・・・正直追いつかれた時のことを考えると、ロクでもない話だけど・・・」
「正直追いつかれたら、何をしても全滅でしょう。もっともその可能性は無いかもしれませんが」
「なぜ?」
「私達を殺すつもりならあの場で皆殺しでしょう。こういえば貴方は気分を害するかもしれませんが、あの男はファランクス以外は歯牙にもかけていないようでした。そんな取るにも足らない存在を追いかけてくるでしょうか、あの本能だけで動くような男が」
「・・・それはそうかもしれないけど」
「それにファランクスがあそこまですれば、死んでないまでも、さすがに動けないかもしれません。ですから眠っておいでなさい。もちろん確証はありませんが、リサが歩哨をしていれば一番早く気がつくでしょうから」
「わかったわ。じゃあ言葉に甘えて寝てくるわね」
「どうぞゆっくりと・・・」
アルフィリースはエアリアルを抱えて風を避けれる場所まで戻って行った。抱え起こしてもエアリアルが目覚めることは無かった。
2人が帰って行ったことを確認して、リサはぼそりと呟いた。
「ああは言いましたが・・・リサのセンサーに引っ掛かる頃にはもう逃げられない状況でしょうね。あんな化け物がいるなんて、正直想像をはるかに超える事態です。しかもアルフィリースはともかくとして、リサはあの気持ち悪い少年に完全に目をつけられています。生きた心地がしないのはリサも同じです・・・ジェイク・・・こういうときに女の子の傍にいないとダメですよ・・・早くリサを守りに来てください・・・」
リサは誰に聞こえるわけでもない声で一人ごちると、俯いて岩場の上に佇んでいた。
***
アルフィリースが皆の場所に戻り、エアリアルをそっと寝かせると少し目が覚めたようだ。
「アルフィ・・・」
「なぁに?」
「ううん、なんでもない・・・」
アルフィリースは笑顔で応え、剣を置こうと自分の荷物の場所まで行こうとするが、その服をエアリアルが引っ張っていかせまいとする。
「どこに行くの、アルフィ・・・」
「荷物を置いてくるだけよ」
「イヤ、いかないで・・・」
「そんなこと言われても・・・」
「お願いだから・・・」
エアリアルが目を潤ませながらカタカタを震えている。アルフィリースにとってエアリアルは強い女性というイメージだったが、先ほど岩場の上で泣いた時のことを考えれば、彼女が本当は寂しがり屋なのは想像に難くない。
今はきっと離れてはいけないだろうとアルフィリースは思い、その場所に剣を置いて寝ることにした。平らとはいえ岩の上に簡単な敷物を敷いただけなので寝にくいことには変わりないが、体が欲する睡眠の強さから関係なく寝ることができそうだった。
アルフィリースはふぅ、と1つため息をつきエアリアルの横に寝転がる。そしてわざと明るめの口調にした。
「しょうがないわね~。今日だけよ?」
「うん・・・」
「ホントに手のかかる妹みたい」
「ごめんなさい・・・」
「謝らなくていいわよ。じゃあ一緒に寝ましょう」
「うん・・・」
そういってアルフィリースが横に寝転がると、エアリアルが傍にくっついてきた。ちょっとアルフィリースは照れ臭かったが、既にエアリアルは寝息を立てており、先ほどよりはだいぶ安らかな調子になっているようだ。それに安心したか、アルフィリースの方も速やかに深い眠りに落ちて行った・・・。
***
エアリアルは夢を見ていた――
最初は両親の夢。自分は幼い頃に戻っており、顔も知らない実の父と、母が2人で手を引いてくれている。優しい2人に愛されてエアリアルはとても幸せだった。
だが突然襲ってきた大きな獣に2人は殺され、自分は憎しみにかられ獣を追いかけ始めた。だが獣の前に立ちこそしたものの、足がすくんで動けない。そんな獣に自分も殺されると怯えたが、獣は自分は殺さず、逆に自分を守り始めた。
そんな獣との生活は悪くなかった。憎しみが消えたわけではないものの、1人でいるときよりも寂しくはなかった。幸せとは少し違ったかもしれないが、大きな何かに守られてエアリアルは安心を得ていた。
だがまたしても幸せは長く続かない。大きな獣はさらに大きな獣に殺され、怯えきったエアリアルはついにその場を逃げ出してしまった。
自分では成長して強くなったつもりだったが、以前自分は幼い姿のままだった。実の両親を殺された頃と、何一つ変わっていなかった。
泣いて逃げた先でエアリアルは今度は少女に出会う。少女は以前のように自分を包み込む存在ではなかったが、大きく温かく、なのにどこか寂しそうだった。だからこそ彼女は気がついた。幸せは与えられるものではなく、自分が守るものなのだと。
今度こそ、この幸せを守って見せる。自分の手で――そう決意したエアリアルの姿は、元の成長した彼女に戻っていた。
***
エアリアルが目を覚ますと、そこはアルフィリースの腕の中だった。アルフィリースは静かに寝息を立てているが、何かに呻いているようでもある。その声は小さく、まるで囁くような寝言のため、おそらくはアルフィリースと寝床を共にでもしない限り気づくことはないだろう。エアリアルがそっと耳を澄ましてみると、
「・・・どうして・・・皆・・・私を・・・避け・・・」
そしてアルフィリースの目には涙がにじんでいた。その時エアリアルはハッとした。アルフィリースは普段はにこやかだし、底抜けに明るい性格で悩みなどないと思っていたが、それは大きな間違いだとエアリアルは気がつかされた。
「(そうだ、皆何かと戦っているんだ・・・我だけじゃない! だから今度は我が・・・我が自分の大切な者を守るんだ。我はそのために武器を取ろう)」
そう考えたエアリアルの瞳には、再び力強さが戻って来ていた。
続く
次回投稿は1/8(土)12:00です。