封印されしもの、その100~ヘカトンケイル⑤~
「ふふっ、はははは! なるほど、たしかにそうです。私ともあろう者が、悩む必要などありませんでした。大胆な少年です、いや、もう戦士の目つきになりましたか」
「で、やるの? やるんだったら手伝うけど」
「いや、しばし大暴れをしたい気分です。これ以上の力を使うのは久しぶりで、どのくらいの被害が出るのか想像もつきません。しばらく離れてくれているとありがたいですね。本来、一人で戦うのに慣れているものでして。そこのアルネリアの巡礼もよろしいですか?」
「・・・いいだろう」
「気を付けて」
レイヤーがティタニアを心配する言葉に一瞬ティタニアはきょとんとし、そして笑みをこぼしていた。
「他人に心配されるなどいつ以来でしょう。これは是が非でも負けられません」
「協力しなくていいのかい、ティタニア。一人でボクをやれるとは限らないよ?」
「確かに、やってみないとわからないことです。だが、やってみる価値はあるでしょう。それに、こんな戦いであの少年を死なせるわけにはいかないでしょうし」
「剣を奉ずるに足る相手だっていうのかい?」
「可能性はあるやも。さて、話はここまでですアノーマリー。後は戦いの中で語るとしましょう――呪印、四段解放」
ティタニアの四肢に呪印が浮かぶ。今までは桁違いの密度の文字と、そして殺気がティタニアから膨れ上がり、その場にいる全てを威圧した。ルナティカもメイソンも悟った。これは介入できるような戦いにはならないと。
そしてルナティカが撤退をレイヤーに促していた。
「レイヤー、撤退。もう私達がどうにかできる戦いじゃない。言い訳はなし」
「うん、それには賛成だよ。だけど、あの神父は残るみたいだよ」
レイヤーの指さす先には、メイソンが脱出路近くに陣取りながらも、その場にとどまる姿勢を示していた。まだ何かやることがあるのだろう。
そしてレイヤーはその場から去る姿勢を見せながらも、ルナティカに率直な意見を出していた。
「・・・ねえ、ルナ。もし、もしもだよ。何としてでもあのティタニアを今止めないといけないとしたら、君はどうする?」
「人を集める、もしくは策を練る」
「策を練る時間もなく、自分一人しかいないとしたら?」
「逃げる。死んでしまっては何もならない。戦って勝てるかどうかは、戦う前になんとなく想像がつくこと。分の悪い戦いはしない」
「もし自分が逃げて、誰か死ぬとしたら? たとえば君の場合――リサとかが死ぬとしたら」
「そんなことにはならないし、させない。させないように準備をしておくのが私のやり方」
「でも、どんな場合でも予想外の事態は訪れると思うんだ。その時――君はどうするんだろうね?」
レイヤーの問いにルナティカは答えることができなかった。ルナティカが考えたこともない可能性だったからだ。なので、珍しくルナティカの方から疑問が口を突いて出ていた。
「ならば、レイヤーは?」
「たぶん、答えは出ている。あとは、確信と覚悟が欲しい」
「確信? 覚悟?」
「命を賭けて戦うだけの確信と覚悟。信じられるものが欲しいと――今は本気で思っている。君にとってのリサのように。ラインに聞いてみたい。今もその確信と覚悟が傭兵としての彼にあるのかどうか――まだまだだね、僕も」
レイヤーの言葉の意図は半分もルナティカには理解できなかったが、なぜかこの会話をルナティカは忘れることができなかった。
***
「アルフィリース! 下で非常に大きな戦いが起こっています!」
「わかってるわよ、もうこの工房の魔術の結界やらなにやらが全部吹っ飛んだからね。何なの、この膨大な気配は!? 魔王の比なんかじゃないわよ」
「精霊が怯えている。こんな魔力と気を備えた者が、突然誕生したのか? これは一体――」
「これは――母上より? いや、でもそんな馬鹿な」
感想はそれぞれだったが、テトラポリシュカを探すアルフィリースたちも異変を感じ取っていた。これ以上の探索は本当に無理だと多くの者が思う中、何人かだけは逆のことを考えていた。
その一番手は、なんとアルフィリースの中にいる影だった。
「(アルフィリース、少しいいか)」
「(!? 何よ、こんな時に声をかけてくるなんて、それだけの事態ってこと?)」
「(その通りだ。これははっきり言って予想外だ。敵の気配には覚えがある。おそらくはアノーマリーとやらが、何らかの手段でこうなったのだろう。下では剣帝と今激闘の真っ最中だ。その周囲には何人かいるが――大勢に影響はあるまい。それにテトラポリシュカはまた少し離れた位置にいる。放っておいても逃げ出すことくらいは可能だろう。
それよりも嫌な予感がする。この大地に少々力が集まりすぎだ。オーランゼブルの奴が、これ以上何も対策を打たないとは限らない。魔人ブラディマリアを呼び出されでもしたら厄介だ。それに気がかりなことはまだある。この辺で戦いをとどめておかぬと、余計な連中を呼び寄せることにならぬかどうかというところだ)」
「(余計な連中?)」
「(管理者と呼ばれる連中だ。多くは古竜だが、中には幻獣が生き延びてさらに力を付けた者など――伝説上にも滅多に語られぬ化け物どもだ。奴らには一定の規約のようなものがあってな。大陸そのものの存在を脅かすような存在が出現すると、その眠りから覚めるというものだ。オーランゼブルが多くの時間を計画までに裂いたのも、その存在に気取られぬようにしたことも一つある。真竜はともかく、管理者どもを敵に回してはさしものオーランゼブルも不利になる。
この大地の管理者はたしか、バイクゼルとかいう多頭の氷の化け物だ。古い時代の生き物としては、もっとも話が通じにない奴だ。あいつが起きると、えらいことになる)」
「(なんでそんなこと知っているのよ――まあ、想像はつくけど。あなたも、相当古い時代の生き物なのね?)」
少しの間があった。アルフィリースの中にいる影としては、珍しく歯切れが悪い会話である。
続く
次回投稿は、7/13(月)17:00です。