封印されしもの、その99~ヘカトンケイル④~
アノーマリーは以前と同じく、いや、さらに不敵で相手を食ったような表情を浮かべて確かにそこに存在していた。違いといえば、体が確たる肉体として構成されているわけではなく、常に崩れたり個体されたりと、その形を一定に保てていないことだろうか。ただ、元々崩れているような姿であったので、さほどティタニアは気にもしなかった。
「どうしてボクだってわかったの、ティタニア?」
「それだけ自らの気配をばらまいておいて、よく言います。気づいてほしかったのでしょう? 貴様のねめつけるようないやらしい視線は、一度受けると二度と忘れません」
「嫌だなぁ、人を変態みたいに」
「変態そのものでしょう」
「ふふ、このやり取りも久しぶりだね。初対面もこんな感じだった、覚えているかい?」
アノーマリーは上機嫌だった。元々不機嫌であることも見かけはしないが、それにしてもやたらに調子の良い声である。
不気味な状況だと言わざるをえない。ティタニアのみにわかることだが、明らかに今までのアノーマリーとは一線を画していた。それは姿形という点ではなく、存在感が違っていた。アノーマリーのことを不気味だとは思っても、気圧されたことはない。だが今はティタニアの本能が全力で警鐘を鳴らしていた。これはかつてないほど危険な相手だと。
アノーマリーはそんなティタニアの内心を悟っているのか、余裕たっぷりに語り始めた。
「まあこうなってしまったのは望んだ状況ではないけど、これはこれで一つの答えなのかもしれない。もう研究はできるような体ではないけど、上手く利用すれば――ボクの探していた答えにはたどり着けるかもねぇ」
「貴様、その体はどうしたのだ。貴様を人間だと思ったこともなかったが、その姿はあまりに人間から外れすぎている」
「これはねぇ、ボクの切り札であるセカンドの孵化に取り込まれたのさ。今までは工房の管理者としてしか稼働させていなかったけど、本来セカンドは孵化を繰り返しながら成長する生き物でね。孵化をするには他の生き物を取り込んで栄養とする必要があって、その候補として氷竜の長を考えていたんだけど――ちょっとした手違いでボク自身が取り込まれてしまってね。危うく意識まで霧散するところを、必死で持ちこたえて逆に乗っ取ってやったのさ。もちろんセカンドの特性はそのままにね。セカンドは知らなかったんだろうね。精神のせめぎ合いなら、より執念深い奴が勝つ。
乗っ取ってわかったことだけど、自分で造っておきながらティランの能力は素晴らしいね。体そのものが巨大な武器庫であり、工房でもある。他の生き物を取り込みながら成長すれば、やがて究極の生物なるものに至る可能性もある。生命の書をその身で体現できる存在だ。
それに先ほどアイガオーンを取り込んだことで、よりその可能性は高まった。アイガオーンに学ばせた戦闘技術は思ったよりも定着が素晴らしいし、ボクは素晴らしい肉体と戦闘経験を同時に手に入れたことになる。これなら全力のキミとやっても、そう簡単に負けそうにないんだけど?」
「他人から得た力で私に勝つつもりですか?」
「生憎と快楽主義者でさあ。簡単に強くなれるなら、それに越したことはないんだよ。汗水たらして努力するなんて、まっぴらごめんさ!」
けらけらと笑うアノーマリーだったが、ひとしきり笑い終えると急に真顔になってティタニアに問いかけた。
「さて、ここからが本題だ。ティタニアさぁ、ボクを見逃す気はないかい?」
「何を馬鹿なことを。オーランゼブルの命令いかんによらず、貴方は私の討伐対象です」
「でも正直、ボクたちって良い勝負だと思わない? どっちが勝っても瀕死の状態だと思うんだよね。それよりも、ボクはここを一度退却したい。その代り、キミにも利益があるよ」
「利益ですって?」
「そう。オーランゼブルに命じられて集めた武器などおよそ百以上、ボクが一括管理していたのは知っているだろう? ティランの能力を使って大量の複製を作っていたからね。その原典をキミにあげたいと思うんだけど、どうかな?」
ティタニアがぴくりと反応した。彼女の一族の使命を考えれば、これは非常に魅力的な提案である。少なくとも、検討の余地のある申し出であった。
だが動きの止まったティタニアに対し、逆に動いたのはレイヤーだった。
「騙されちゃだめだ、ティタニア」
「?」
「こいつはこの状況が危険だから、なんとかして逃げ出そうとしているんだ。さっき戦っていた巨人の学習能力を考えると、今度こいつと出会った時には全く別物になっている可能性がある。今逃がしたら、より強大な敵となっていずれこちらに帰ってくるはずだ」
「・・・随分と敵意をむき出しにするんだね、少年。ボクが敵になるなんて、いつ決まったんだい?」
「お前はさっき、究極の生物と言った。究極の生物が実在するとして、ただそこにいるだけなんて話があるはずもない。もしお前がそうなれば、必ず破壊か支配を行う」
「どうしてわかる?」
「目を見れば」
レイヤーとアノーマリーの視線が交錯した。アノーマリーはレイヤーの眼を見て、初めてこの少年を認識したかのように、その危険性に気付いたようだった。
「なるほど、サイレンスを倒しただけのことはあるか。どうやら完全に油断ってわけでもなかったのかもね、彼も。思ったよりも危険な奴だな、キミは。交渉も道理も通じない目をしている。確固たる信念がある奴は厄介だ」
「よくわからないよ。ただティタニア、決断するんだ。やるなら今だ。それに原典があるなら、アノーマリーを倒して奪い取ればいいじゃないか」
レイヤーの大胆な提案に、アノーマリーを含めた全員が目を丸くした。そしてティタニアは面白いものを聞いたとばかりに、大きく笑ったのだ。
続く
次回投稿は、7/11(土)17:00です。




