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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その98~ヘカトンケイル③~


「節操のない生き物だ。主と一緒だな」

「上と下、どちらが本体だと思う?」

「上半身だろう。それが証拠に・・・ぬん!」


 ティタニアが気合い一閃、剣を振り払うと上半身が密かに巡らせていた糸が切れ、下半身が動きを止めて崩れ落ちた。


「やはり。上半身が本体だな。糸で操っていたようだ」

「よく気付いたね」

「生き物の頭は一つと決まっている。多頭の生き物でも、おおよその判断は一つの頭がしているものだ」


 だがティタニアの予想とは裏腹に、完全に沈黙したかに見えたアイガオーンの下半身から、槍のように細い突起が何の前触れもなくティタニアめがけて伸びていた。今までの攻撃とは違う、威圧するような巨大な拳ではなく、殺気もまき散らさない、暗殺者のような静かな一撃。

 反応したのは、ティタニアよりもルナティカやレイヤーの方が速かった。ルナティカが攻撃を逸らし、レイヤーが八つ裂きにする。そしてメイソンが冷静に分析していた。


「なるほど。たいていはティタニアの言う通りだが、今回の相手には当てはまらないかもな。別れた個体が別々に状況分析をし、かつ巧妙な罠を仕掛ける程度の知能を有する。となると、もっと分割された状態でも同じことが可能かどうかだが・・・こうなるよなぁ」


 アイガオーンはそれぞれ斬り飛ばされた腕を分裂させ、小さなヘカトンケイルを作り出していた。小さな個体はそれなりの力しかないだろうが、飛びかかってきた子どもの背丈くらいの個体でさえ、人間の倍以上の膂力があった。

 多数に分裂したアイガオーンに囲まれる形になり、四人は自然と背中を合わせた。今やアイガオーンは体の各所に目や頭を生やしており、死角のない個体となっていた。こうなれば各個で戦う利はない。

 背中を合わせて、それぞれが油断なく周囲を見渡していた。


「どうする? かなりの危機ピンチ

「なりふり構わなきゃあ、なんとかできなくもないかもしれないが」

「それよりもティタニア。さっきから戦いにくそうだけど、何か気になることでも?」

「・・・下です。あなたがたも気付いているでしょう」


 ティタニアが呟いたことは、その場の全員が察していた。


「本当にまずいのは、下にいる個体です。先ほどとどめを刺し損ねたセカンド、そしてアノーマリーがまだいるはず。ですが、魔術で気配遮断をしているはずのこの工房でさえ、先ほどから下から感じる威圧感が尋常ならざるものになってきています。先ほどの二人の、そのどちらとも違うもの――花が咲く前の期待感、卵が孵る前の高揚感にも似た昂ぶりのような恐怖がそこにあります。下にいる奴が目覚めたらどうなるのか、想像もつきません。本当はこんなところでこんな奴の相手をしている場合ではないのですが」

「気のせいじゃなかったんだね。今の目の前にいる奴よりも強大な存在なんて、考えたくもなかったんだけど」

「なら戦力を分散するか? 下にいる奴がまずいのはわかっちゃいるが、いますが」

「――もう遅い」


 ルナティカの表情が青ざめていた。彼女にしては珍しい反応である。ルナティカの言葉に、全員がぴくりと緊張したのがわかった。


「孵った――すぐに退却することを提案」

「それも遅いね。すごい勢いで登ってきた。敵意も凄まじいよ」

「この気配は――」


 撤退と決める暇も地響きにたじろぐ暇もなく、地割れと共に大量の何かが隆起してきた。四人は素早く身を躱し、それぞれ脱出できる部屋の入り口付近へと散っていた。地面から隆起してきたそれは最初泥かと思われたが、じりじりと動くそれは軟体動物の様でもある。そして意外だったのは、敵意は確かにあったものの、それらはアイガオーンの方に向けられていたことであった。

 多数に分かれたアイガオーンを押し包むように彼らを取り囲み、そしてその体へとアイガオーンを取り込んでいった。当然アイガオーンも抵抗したが、相手が軟体では衝撃を吸収されるし、体を一部変性させて鋭利な刃にしたが、部屋を覆い尽くすくらいの質量が相手では、それもまた無駄な抵抗であった。アイガオーンが猛烈な殺気を出して抵抗を試みるも、それ以上の殺気で抑え込まれる。竜の前では獅子も威厳を失くす、とは諺に言われるが、まさにその通りの状況が起こり、アイガオーンはその身を竦ませたまま泥に取り込まれていった。

 残されたのはティタニアたち。先ほどまで難敵だと思っていたアイガオーンがあっけなく死んでしまい、拍子抜けしながらも、同時に新たな難敵の出現に気を緩めることはできなかった。一見ティタニアたちを敵視していないようにも感じられる生物に対しどうしたものかとそれぞれが思案していたが、その中でティタニアが静かに声をかけた。


「・・・アノーマリーだな?」

「よくわかったね」


 即答だった。声の調子は明瞭であり、どこかしらからかうような響きが感じられた。そして泥かと思われていた体の一部が盛り上がると、はっきりとした人型を取ったのだ。それは醜い老人のような姿をした、アノーマリーに違いなかった。



続く

次回投稿は、7/9(木)17:00です。

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