封印されしもの、その97~ヘカトンケイル②~
「何もしてなかったわけじゃない、地の精霊は完全に支配下だ。これなら身動きが取れないだろう。なんせ鈍重な上に、頭も悪そうだからな、だからですね」
「・・・そうかな?」
ティタニアは異を唱えたが、事実アイガオーンは冷静に現状を把握していた。アイガオーンが作られたのは、実は十年以上前にも遡る。生まれた時から培養槽で育てられたが、意識は半覚醒のような状態を保たれていた。視覚はあったし、目の前には常に気味の悪い老人のような男がいて、その男が自分の創造主であるらしかった。男は言った。お前はこの世に君臨する存在なのだと。全ての生命より優れていなければならず、ゆえに最高の教育をこれから施すと説明された。これから必要となるまで器具を外すことはできないが、外に出た時は全てを支配下に置くことができるだろうと説明された。よくわからない物言いだったが、男がとても楽しそうに語るので、なんとなくとてもよいことなのだろうとは思った。
男はまず自らに戦いに関する知識を伝授し続けた。能率の良い敵の倒し方――つまり武器の扱い方や人体の組成、気候や地形条件における戦い方の相違などである。知識は伝授され続け、アイガオーンは意識の中で戦いを繰り返していた。いずれ魔術も教わる予定であったが、覚醒の時は思ったよりも早く訪れた。この場所に敵が迫っているから起きて敵を排除しろと言われた。
アイガオーンは思う。自分がこの世の支配者ならば、自分に命令する男は何者だろうと。だが思考は変わらずどこかしら曖昧としており、いまだ複雑な考えを抱くことができない。経済学や地理学など、知識の伝授もまだ予定されていたものが済んでいない。知識が増えることはアイガオーンにとって非常に楽しくもあったが、こうして目の前に敵がいることを認識すると、体の奥底から戦う意志が湧いてくるようだった。細かなことは、もはやどうでもよくなった。
アイガオーンは本能のままに吠えた。これが戦いなるものだと理解した。ならば敵は排除しなければならない。自分よりも強い者などいるはずがないし、いてはいけないのだ。いずれも目の前にいるのは強敵だと理解したが、対応策はいくらでも思いつく。何せ、自分の体には今まで作られた全ての魔王の能力が備わっていると教えられているのだから。問題は、能力の取捨選択だけ。
アイガオーンは下半身を固定されたこの状況を打開する方法を、何種類も思いついていた。その中で、より攻撃的なものを選んで実行する。アイガオーンはその過程が楽しいことに気が付いた。そしてその口が知らず笑みをこぼしていた。哄笑ではなく、ほくそ笑む。それは、アノーマリーの作成した魔王における、初めての行動だった。
「こいつ!?」
「笑って・・・?」
メイソンたちが気付いた時にはアイガオーンは新たに両腕を生やし、地面に手をついて倍ほどにその腕が膨らんだかと思うと、反動で天井まで跳ね上がっていた。下半身は既にない。
「下半身を捨てた? そんな簡単に?」
メイソンが驚いていた。下半身を固定したとはいえ、破壊できなくもない程度の固さの地層である。金の魔術を使用して補強することもできたが、あえてはそうせずアイガオーンの意識を地層の破壊に向けたかったのだが、アイガオーンの行動はメイソンの予想を上回った。
その行動を見て、全員の表情が一気に険しくなった。
「気配だけで十分に今までの魔王とは一線を画すものがあったが、加えてこの判断。なるほど、アノーマリーの切り札か。危険だな」
「出し惜しみはなしだね。シェンペェス、どう?」
「(かなり手ごわい。あれほどの敵は俺の記憶にもないな。強い者の気配が剣であるわが身にも伝わってくるぞ。だがまだ奴自信も、どう戦うべきか戸惑っているのかもしれぬ。ひょっとすると目覚めたばかりなのかもしれない)」
「なるほど。どのみち叩くなら今しかないね。ルナティカ、アルフィリースたちを呼んできた方がいいかもしれない」
「いいの?」
「いいさ。それにここで逃した方がもっとまずいよ。数年経って、とんでもない奴に化ける可能性の方が高い。ここで跡形もなく壊した方がいい。それに逃げ足もいざとなったら相当早い。ティタニア、足元に気をつけて」
「足元?」
ティタニアはレイヤーに言われたはっとする暇もなく、千切れたはずの下半身から突如として隆起した腕が、ティタニアを横殴りに叩きつけた。レイヤーの声で防御は間に合ったが、ティタニアが剣で防御したとみるや、アイガオーンはティタニアを剣ごと鷲掴みにし、壁に叩きつけた。
そして背後では、通常の倍ほどの腕が握りこぶしを作り、殴りかかる動作に入っている。
「自分ごとかっ・・・なめるな!」
ティタニアはほどんど動きが取れない状態ながら、腰のひねりだけで斬撃を作り出す。一瞬刃が通る隙を作れば、そこからは連撃が可能であった。ティタニアが背後の拳ごと腕を八つ裂きにしたつもりでいたが、拳は八つ裂きにされる前に突進してきた。ティタニアはすんでのところで拳を躱したが、拳は自らが砕けてしまうほどの勢いで壁を破壊する。
そしてティタニアがその腕の付け根を見ると、そこにはニタリと不敵に笑うアイガオーンの下半身がいた。頭を生やし、足を六本に増やして移動を始めている。ティタニアの表情がまた一段と険しくなった。
続く
次回投稿は、7/7(火)17:00です。




