封印されしもの、その96~ヘカトンケイル①~
「来るぞ!」
声を出したのはティタニア。ティタニアにしてみれば別段彼らを気遣う必要もなかったが、せっかくその場にいるのだから利用しない手はなかった。また彼らを一目見て、足手まといにはならないと判断したからこそ、ティタニアは注意を促した。
アイガオーンの咆哮が地面を揺らす。元となった個体は一目巨人なのか、巨大な単眼と側頭部まで裂けた歪んだ口を持つアイガオーンが迫る。まだ遠い間合いから振りかぶった右腕で殴りつけようとする仕草を見て、ティタニアは横に飛びずさって躱す。すると、瞬間的にアイガオーンの右腕が倍ほどにも伸びて、地面を変形させていた。衝撃で地面が、天井が揺れた。
「一撃でも食らうと死ぬな、あれは」
「一撃も食らわなければいい」
「動きと反応は鈍重そうだけどね、今のところは」
無言で四方を囲んだ彼らは、それぞれが攻撃を始めた。ルナティカは身軽にアイガオーンにとびかかり、その頸動脈を切断した。レイヤーは渾身の一撃で相手の機動力を奪うべく、足の腱を切断する。背後と足元の死角からの攻撃に振り返ったアイガオーンの眼を、魔術で造った槍でメイソンが潰す。そして反撃すべく暴れようとした両腕は、ティタニアが叩き斬っていた。
「ほう、中々の連携じゃないか。即席にしてはな、してはですね」
「まだやってない。良くない気配」
ルナティカは追撃をしようとし、考えを改めて飛びずさった。その直後、ルナティカめがけてアイガオーンの背中が盛り上がり、巨大な腕が出現して襲い掛かったのである。距離があったのでルナティカも躱すことができたが、もしとどめを刺すべく詰めていたら、とても回避できる速度ではなかった。
だがルナティカが狙われた隙にティタニアが大剣を振り下ろし、アイガオーンの頭部を叩き落としていた。それでも、警戒を解いている者は一人もその場にいなかった。
「・・・で、どうする?」
「ちっともやった気がしねぇな。むしろ」
「殺気は強まっている。だが今なら眼がない。こちらの様子を知ることはできない」
「だと、いいが。少なくとも、好機ではあるか」
ティタニアが隙ありと見て大剣を再度振りかぶろうとした時、アイガオーンの肉体から無造作に腕が三本出現し、ティタニアめがけて襲い掛かった。だがティタニアもさるもの。一本をすれ違いざまに切り落とし、すんでのところで二本を避けたが、避けた二本の腕の伸長がぴたりと止まり、横からティタニアを挟むように動いた。両手の大剣でぎりぎり止めたティタニアだが、さらに正面からもう一本の腕が新たに出現し、ティタニアの顔面めがけて襲い掛かった。
ティタニアは横から挟まれる格好で身動きが取れなかったが、ティタニアに襲い掛かる腕はレイヤーが切り飛ばした。さらに腕が出現してレイヤーに襲い掛かろうとしたが、レイヤーはさっさとティタニアを挟んでいた腕を切断し、ティタニアを担いで距離を取る。
距離を取るとティタニアを降ろしてレイヤーは離れたが、改めてアイガオーンの姿を見ると、その姿はより異形へと変貌していた。体はさらに肥大化し、体には無造作に巨大な眼が、頭が生えていた。また腕も数本生えていたが、関節らしきものがほとんどないのか、伸縮は自在となっていた。その姿を見て、ぼそりとメイソンがつぶやいた。
「なるほど、これが本物のヘカトンケイルか。伝説の魔物の再現だな」
「ヘカトンケイルは彼らの総称じゃないのかい?」
「俺もそう思っていた。伝説上のヘカトンケイルとは、数えきれないほどの腕と頭を持ち、巨大な岩石を投げつけてくる巨人だと。巨人と呼ばれる化け物の中にも少なからず腕が数本あったり、頭が複数ある亜種は存在するが、数えきれないほどの腕や頭など物理的に再現不可能だと思っていた。だからヘカトンケイルの名を冠する化け物が出てきたとき、数でそれらを補っているのだと考えていた。
だがこれは――まさに伝説上の怪物だな。しかも異常なまでの再生能力ときた」
「そんなのどうでもいい。問題はどうやって倒すか」
「なんだ、俺がちょっと感動しているのに無粋な奴だ。だから暗殺者は嫌いなんだ――まあ方法は既に考えているがな」
メイソンが眼鏡を直すと同時に、アイガオーンの足元が腐れて崩れた。元々地面を突き破って出てきたのだ。地盤はかなり脆くなっている。そこを利用して地盤を崩し、さらに再度固めることでアイガオーンを上半身だけ地上に出す形で固定したのである。
言うほど簡単なことではない。この工程を一瞬で行うのは、相当に精霊を自在に扱えなければ無理だった。
続く
次回投稿は、7/5(日)17:00です。