封印されしもの、その93~魔王の棲家⑩~
「(強かったな)」
「ああ、そうだね。強敵だった」
「(同情か?)」
「まさか。そんな感傷に浸る性格じゃないし、一つ間違えば僕が死んでいたんだ。死んでくれてほっとしているよ」
「(そうか。それにしても、そのもう一つの魔剣は幻獣の牙か。いつの間にその使い方も知ったのだ? 剣の声が聞こえるのか)」
「そうだね。君の声を聞くコツを得てからは、ヴォルスの声もはっきりと聞こえるよ。ただ君ほど明確な自我があるわけじゃないみたいで、断片的な記憶とかだけど。使い方だけははっきりとわかったよ。ティタニアの言う通り、便利な能力だ」
レイヤーは事も無げに言ったが、シェンペェスは黙っていた。シェンペェスは確かに魔剣として明らかな自我を持っているが、ヴォルスの牙はまだそこまで明確な自我を持っているようには感じられない。なのにその使い方を知ることができると言ったのだ。自我を持たない剣の声を聞けるとは、どういうことか。
「(ティタニアでさえ、自我を持つ魔剣でなければその声を聞くことはできなかった。それに声が聞けるかどうかは相性もあったのだ。剣士としての才能は、この小僧の方が上だとでもいうのか。それに得た知識をすぐに使いこなす身体能力。俺が戦い方を教えても、反応できるだけの肉体を持たなければ意味がないというのに。この小僧は一体――)」
シェンペェスの疑問は、魔剣の中でのみ反駁され、レイヤーにも伝わることはなかったのである。
***
「――ふうっ!」
「ちっ」
「くっ」
ティタニアとテトラスティン、リシーの激戦は続いていた。ティタニアは既に呪印を三つめまで解放している。対してテトラスティンとリシーもまた呪印を解放し、上位精霊の力を使っていた。
テトラスティンとリシーは上位精霊の力を互いに使用することができるが、その力の使い方にも制限がある。同じ属性を同時に使用することはできないし、テトラスティンとリシーでは使用の仕方にも少々違いが出る。魔術士であるテトラスティンは魔術を放出する形でも使うことができるが、リシーは主に武器や体に属性を付加することで魔術を使用する。そしてその属性を水・金・地・火・水の五元素を入れ替えながら戦うのだ。
口先ではどうあれ、彼らは互いに戦い方を非常に熟知しているからこそこのような連携が取れるのだが、その連携をもってしてもティタニアを今一つ追い詰めるには至らない。最初こそ奇襲ともいえる戦い方で優位に立てたテトラスティンとリシーだったが、戦いが長引き徐々にティタニアが冷静さを取り戻すと、戦況は膠着していた。
テトラスティンとリシーは一度距離を取り、ティタニアは剣につい血をひゅん、と大剣を一振りして払っていた。
「さすがに強い」
「――そうね、悔しいけど、強いわ」
「褒め言葉には聞こえませんが」
ティタニアは不満げに訴えた。事実、それはティタニアの偽らざる心境だったからだ。
「まだあなたがたは全力ではありませんね? どうして全力を出さないのです。アノーマリーの言うことを真に受け、大人しく時間稼ぎをするほど人が良いわけでもないでしょうに」
「そうだね。でもこんな場所じゃいつ横やりが入るとも限らない。それに、下手に全力を出して悪趣味な工房で生き埋めなんて、ごめんだね。僕たちは不老不死だから、本当の生き埋めになるし。それに、そちらこそ生き埋めを懸念して全力を出せないんだろ? この状況では互いに手詰まりだとみたが、いかがかな」
「ならばどうしますか? 互いに、出した牙を引っ込めるほどお人よしではないでしょう」
ティタニアが問いただす間に、リシーは両手を炎と水に変化させていた。そして両手を合わせると、その場には大量の蒸気が発生する。同時にテトラスティンが天井を崩し、ティタニアの動きを封じた。
「逃げるか!」
「(この場はそうだ。また邪魔の入らぬところで存分にやりあおう。今度こそ全力で――ただそれまでそちらが生きていればだが。アノーマリーは強いぞ?)」
声の発生源は明らかではなく、ティタニアは追撃を諦めた。追えば追いつくかもしれないが、あの二人が全力で逃げの一手を打てば、どのみちどこかで振り切られるだろう。
ティタニアが諦めた直後、だが今度は次の地響きがあったのである。
「なんだ? 何かが地面から上がってくる?」
ティタニアが地面から飛びずさると、地面からは人型の何かが現れたのであった。
***
「手ひどくやられたね、セカンド」
「父上――申し訳――」
「いや、いいんだよ。それよりも、治りそうかい?」
「――損傷は致命的。活動限界まで、残り半刻かと」
「そうか。ならば『孵化』の準備を。核となる素材は今準備をしよう。まあ幻獣の誰かなら、十分に足りるだろうからね。それに、『アレ』の起動をお願いするよ。第五世代の、ヘカトンケイルのね」
アノーマリーは自らの攻防の最深部にセカンドと共に引き上げていた。この工房ではアノーマリーの分身が所狭しと働き、ティタニアに対する対抗手段の準備や、工房の移転を行っていた。
ディッガーなどの働きもあり、その移転は九割方終わっていた。また、第五世代のヘカトンケイル――アイガオーンと名付けられた個体は、まもなく稼働が可能になる。
量産型とは別に、一個体だけ作られた魔王。密かに作られたその個体は、アノーマリーが生産コストや寿命などを度外視し、つぎ込めるだけ妄想をつぎ込んだ個体である。
もしティタニアやブラディマリアが敵になったら。その想定をアノーマリーがしていないわけではなかった。そのためにセカンドに命じて様々な実験を繰り返し、アノーマリー自らが手間暇かけて作成した魔王だった。その戦力は、一体で百以上の魔王に相当するはずだ。
続く
次回投稿は、6/29(月)18:00です。