封印されしもの、その91~戦士の覚醒⑨~
「・・・僧」
「え?」
「小僧、ちょっとこっちに来い」
「誰・・・わっ」
一瞬で目の前が暗転し、レイヤーの意識は強制的にどこかに引っ張られたように感じられた。そして一瞬の暗転の後、目の前にはレイヤーに背を向けて座っている大柄な人物がいたのだ。周囲の景色を伺うことはできないが、その人物は人にしては相当に大柄であり、そして体は深い体毛に覆われていた。大柄な男に敵意のないことをレイヤーが感じ取ると、彼はそっとその正面に回ることにした。正面に回った男の顔は、人の様でありながらレイヤーが見たことのない造形をしていた。彫は深いが、額には角が二本あった。そしてその一本は切り取られたようにすぱりと欠けていたのである。
その男はレイヤーの方を見ることなく語り掛けた。
「ここに来る奴は久しぶりだ」
「呼んだのはそっちだろう?」
「その通りだが、俺の声を聞くことのできる奴がまずいない。俺の声を聞くことができる奴でないとここには連れてこれないからな。昔はもっと俺の声を聞ける奴がいたような気がしたが。
ここがどこかわかるか?」
「シェンペェスの中、で合ってる?」
「そのようなものだ」
男は刀を打っていた。まだ刀身は出来上がっていない。そして炎は、男が口から自ら吐いていた。
「俺が怖くはないか」
「全然。あなたには殺気がないし」
「俺の姿のことだ。炎を吐くし、角もある」
「別に。ちょっと毛深いのが気になるだけ」
レイヤーの言葉に、男は少し相好を崩した。
「変わった奴だ、今の俺の持ち主は」
「人間以外にも知り合いが多くてね。それに僕自身も人間かどうか怪しいものだ」
「お前は人間だ。刀の俺が言うのだから間違いない。種族的な問題としてだがな」
「そう。でも人かどうかを決めるのは、種族だとかそういうものじゃないと思っている」
「ではなんだと?」
「魂・・・とでも呼ぶのかな。その在り方だと思う」
レイヤーの言葉に、男は少し考え、そしてつぶやいた。
「良い言葉だ。その言葉を再度聞ける日が来るとはな。同じようなことをかつて友が語っていた」
「それはどうも。それで、僕を呼んだ理由は?」
「俺のことを知ってもらおうと思っただけだ。そのことがお前の力にもつながる。剣のことは、剣帝に聞いたな?」
「うん、武器には言葉があると。それを聞くことができれば、その経験を生かして強くなることができると聞いた」
「その通りだ。俺はこう見えてかなり発生から長い剣でな。発生してから千年はとうに経っている」
シェンペェスを名乗る男は続けた。
「武器の起源を知ることで持ち主は強くなる。その逆もしかり。持ち主のために武器は生まれ、かつて武器とその持ち主は互いに高め合うことが可能だった。今ではそのことを覚えている、あるいはそのようなことができる持ち主はほとんどいないだろう。武器も持ち主も、今の世の中は粗悪品ばかりだ。剣帝が他の者とまるで違う強さを発揮するのは、奴がかつての戦士の力を継いでいるからに相違ない。
そして、お前も剣帝に似ている。お前の在り様は、剣帝よりもより武器に近い。人としては悲しいことだが、戦士としては超一流になる可能性がある。もっと荒んだ世では、お前のような者ばかりだったのだ。俺がこうなるきっかけを作ったのも、そのような男だった。
俺は鬼族の生まれでな。かつては一つの鬼の一族を率いたこともある。だが隆盛を誇った俺たちの一族を滅ぼしたのは、一人の人間だった。後から考えれば滅ぼしたというよりは、男は降りかかる火の粉を払っていただけなのだろうが、俺も当時は若かった。何も気づかず戦い、その人間に敗れた。その人間は非常に美しい剣を持っていた。戦いの中、そして終わった後も俺の記憶に残るもっとも強い印象だ。夕陽を受けて輝く男の剣は美しかった。どんな衝撃でも欠けもしない、俺の自慢の角を叩き折った剣だった。
俺はその戦い以降、男の持っていた剣に魅せられた。男とはしばらく語り合う仲になったが、やがて人としての寿命を終えた友は去り、男の持っていた剣の印象が俺の頭の中から離れなかった。俺は知った。人間は優れた武器を持つことで、種としての限界を超えて強くなることができると。ならば鬼族たる自分が持てばどうなるのか。俺は知りたかったが、鬼である自分たちに剣を作ってくれる人間はいなかった。
だから俺は自分で剣を作り始めた。見よう見まねで鉄を掘り出し、剣を打った。炎が吐けたから、幸いにも場所は選ばなかった。だが上手く行かなかった」
「どうして? 良い剣だと思ったけど」
鬼は首を横に振った。それは心底残念そうな顔であった。そして後ろを見るよう促した。レイヤーが目を凝らすと、そこには無数の打ち捨てられた剣があったのだ。
「所詮我流だからなのか、少しずつ進歩しているような気もするが、やはり実戦で試してみないとわからんことも多い。刀鍛冶というものは、何世代もかけて培った技術というものを継承するようだな。俺の後を継ぐ人間はいなかった。そして俺は無念のまま寿命を迎えた。
俺にはその経験の蓄積がない。それだけが心残りで死してなお魔剣となった。だが解決策が見つかったのだ。それは――お前だ」
鬼がレイヤーを指さした。レイヤーは鬼の言う意味が解らず、きょとんとしていた。
「僕が? 何をすればいいのか」
「俺を振るい、戦ってくれ。その経験の蓄積が、俺とお前の力になるだろう」
「戦うも何も、相手は強い。正直僕の力では、勝てないかもしれない。それにあなたの作ってくれた剣も折れてしまった」
「剣が折れたら打ち直せばよい。それが我が剣の能力」
鬼が告げると、レイヤーの手にはいつの間にか剣があった。その件から伝わる感触は、先ほどまでと若干違うように感じられる。
「この剣・・・さっきよりも少しだけ強い?」
「それがわかれば刀を打つ冥利に尽きるというものだ。わが剣は折れるたびに強力になる。柄さえ壊されなければ、いくらでも修復が可能だ。そしてそのたび、前の経験を踏まえて少しずつ強くなる。
不滅の剣を求めて数々の男が我が剣を握ったが、誰もその声に耳を傾けた者はいなかった。だがその者たちの経験を俺は覚えている。それに鬼としての俺の経験もある。目の前の魔王は難敵だが、お前と俺なら負けはしない。
信じろ。それが戦士としてお前がやるべきことだ」
「いきなり出てきて信じろだなんて、都合の良い話だと思うけど」
レイヤーは苦笑する。そして自分の手にある剣をゆっくりと見た。
「できる限りやってみるよ。そして戦い方は教えてくれるんだろうね?」
「目が覚めればお前の頭の中にあるはずだ。お前の身体能力は非常に高い。もしかすると、鬼の頭領であった俺よりも。まだその使い方を身につけていないのだ。人間ではお前の指導はできないだろうからな。
さあ、行け。戦いが待っているぞ。俺を持つ者の宿命となる、尽きることのない戦いの日々がな」
「そんなことを言うから魔剣なんて言われるんだよ、ろくでもない。こう見えて平和主義者なのにさ。でも今は、君の言葉を聞くとするよ」
レイヤーは皮肉交じりに応えると、鬼に背を向けていた。鬼もまた、満足そうにその口の端に笑みを浮かべていたのだ。
続く
次回投稿は、6/25(木)18:00です。




