大草原の妖精と巨獣達、その19~精霊の涙~
アルフィリース達は無我夢中で馬を走らせた。その距離実に600km。馬の速度・持久力が並々ならぬとはいえ、休ませる必要があることには変わりなく、結局600kmを駆けて洞穴の東に出る頃には、既に丸一日以上が経過していた。
だが大草原は終息に向かっているとはいえ、いまだに嵐の時期であり、出口周辺で休憩も兼ねて嵐の様子を見ることになった一行である。めいめいが交代で仮眠を取るが、エアリアルの姿が見えないことにアルフィリースが気付く。
「ニア、エアリーは?」
「いや、見ていない」
「外かしら?」
アルフィリースは外の岩場に向かう。時刻は既に夜であるが、不思議な事に妙に明るい。
しばらくエアリアルの姿を求めて散策したアルフィリースであったが、岩場の高台にエアリアルの姿を見つけそこまで登って行った。だがエアリアルがアルフィリースの方を振り向く様子は無く、アルフィリースも声をかけあぐねていた。
ふとアルフィリースが大草原の景色に目をやると、西の空が明るい、いや、赤い。
「空が・・・赤い?」
「父上の火だ」
エアリアルが西の空を見つめたまま答える。アルフィリースはおずおずとエアリアルの傍に腰をかけ、彼女の様子をそっと覗きこむと、エアリアルの目からは涙がとめどなく流れていた。
「エアリー・・・大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
だがエアリアルが頬を伝う涙をぬぐうことは無く、その瞳は西の空に釘付けになっている。アルフィリースは言葉を探りながら、共に空を見つめた。
「あの火が・・・ファランクスの?」
「ああ、父上は炎獣だからな。炎の精霊と昔懇意にしたせいか、魔術を行使することができるといっていた。だが簡単な魔術はほとんど使えず、使えるとしても魔法級の威力のものだけ。それも行使する代償は自分の命だそうだ。なんとも不便なものだと笑っていたよ」
「・・・ということは」
「ああ、父上は死んだ」
「・・・・・・そう」
エアリアルはあっさりと言い放つ。だが言い放つ瞬間こそ淡白に聞こえたが、その言葉をひねりだすまでに様々な葛藤を経ていることがアルフィリースには分かっていたので、あえて彼女は何も言わなかった。
そのまま次のエアリアルの言葉を待つアルフィリース。だがエアリアルの言葉は無く、相変わらず彼女の涙は止まらない。アルフィリースは何か言うべきか迷ったが、その様子を察したのか、エアリアルの方が先に言葉を発した。
「済まないアルフィ、心配をかけてるな」
「ううん、私こそ・・・何もできなくて」
「いや、アルフィが我の傍にいてくれることが嬉しい」
エアリアルがにこりと微笑んだ。その笑顔は寂しそうではあったものの、大草原に流れる風のような爽やかさは一向に失われていない。涙は相変わらず流れているのだが。
「父上がな・・・」
「うん?」
「父上がいずれは自分は死ぬと告げていた。自分に限らず生命ある者は必ず死ぬと、死んだら風に還るのだと・・・弱肉強食のこの世界では死など非常に身近なものに違いないし、だいたい父上はもうすぐ寿命だったろう」
「気づいていたの・・・」
「ああ、我も鈍くはないからな。とうの昔に気付いていた」
ファランクスの予想通りである。実の親子でないとはいえ、彼らの間にはやはり深いつながりがあったようだ。
「父上の死が近いとわかって我は考えた。自分は仇を討ちたいのか、それとも父上に死んでほしくないのか・・・おかしなものだ、あれほど憎んでいたのにな。だが不思議なことに母上も、ファランクス父上も同じことを言っていたことを思い出した・・・」
「・・・何て?」
「『全ては風の流れるままに』だそうだ・・・いずれは全てが風に還っていくと。命、名誉、怒り、悲しみ・・・きっと涙も還るのだろう。だから我は今止めることなく泣いているのだが・・・不思議なことに還したくないものがある」
アルフィリースがはっとする。エアリアルがぎりりと唇を、血が流れるほどに噛みしめているのだ。
「エアリー・・・何を還したくないの?」
「・・・怒りを」
「・・・何に対する?」
「・・・あの男だ・・・」
「え? でも・・・」
「奴は生きている・・・」
エアリアルの唇から血がつぅ、と流れた。だがアルフィリースも流れる血を気遣うよりも、疑問が先に立ってしまった。
「そんな・・・あれほどの規模の魔法を使って? どうしてわかるの?」
「風が教えてくれた・・・奴はきっと生きている。父上を殺したアイツが」
「そんな馬鹿な話が・・・」
「あるようだな・・・一体父上がアイツに何をしたというのだ。父上はそれは獣として生きるため多くの命を糧にした。大草原の秩序を守るため、見せしめに里を襲ったこともある。だがアイツに何をしたというのだ? 父上の望みはもう静かに自分の生を終えることだけだったのに・・・我は納得できない。アイツが憎い、今すぐこの手で殺しに行きたい。でも・・・」
エアリアルが自分の手をじっとみつめる。その手がわなわなとふるえている。
「我は怖いんだ・・・父上ですらどうにもできなかったような奴を、我が倒せるのかと。殺されるのが怖いわけじゃない、何もできないのが怖い」
「エアリー」
「アイツの前に出ることを考えるだけで手が震えるんだ・・・なんて我は憶病なんだ。自分がこんなに弱いなんて思わなかった。全く持って情けない・・・これが大草原の主である炎獣の娘とは・・・」
「・・・」
「それに・・・涙も止まらないんだ。あとからあとから溢れて来て・・・本当にこの悲しみは癒えるのだろうか。教えてくれ、アルフィリース」
「私は・・・」
アルフィリースは自分の事を考えてみた。師匠を失った悲しみは完全に癒えたわけではない。故郷を追われた事実を恨んでないわけでもない。でもそれでも自分は笑うことができる。それはきっと自分を支えてくれる色んな人のおかげなのだろうと彼女は考えている。もしリサやミランダいなかったらと考えると、ぞっとしない。
「私は・・・色んな人がいるから人間は生きていけるんだと思う。1人じゃ無理なことも、家族がいたり、友達がいたり、恋人がいたり・・・私には恋人はいないけど、友達はこの旅で沢山できたから。だからエアリーも、もっと私達を頼ってもいいんじゃないかな? 1人で泣くのもいいけど、私達に愚痴ったり、八つ当たりしてもいいんじゃないかって思うな・・・こんなので上手く伝えられているのか自信ないけど」
「人を・・・頼る・・・」
アルフィリースがぽりぽりと頭をかいている。そんなアルフィリースをエアリアルはしばらく無表情で見つめていたが・・・やがて少し微笑むと、すっと立ち上がった。
「なら・・・1つ我の希望を聞いてくれないか・・・?」
「いいけど・・・どうするの?」
「いや、そのままでいてくれればいい・・・こっちを決して振り向かないでくれ。ここで私が言うことも誰にも言わないでほしい。アルフィの胸の中にだけしまっておいてくれ」
「? ・・・いいわよ」
「・・・ありがとう」
そういうとエアリアルはアルフィリースの背中にコツンと額を当ててきた。そして背中をギュッとつかむと、その手が小刻みに震えている。
「父上・・・父上・・・どうして、どうして我を置いて・・・皆勝手だ! 本当の父上も母上も、里の皆も・・・ファランクス父上も皆我を置いて行ってしまう・・・お願いだから我を1人にしないで・・・1人は嫌だ・・・1人はイヤ・・・我はそんなに強くなんか、強くなんか・・・」
「エアリー・・・・・・」
「我は・・・どんな形でもいいから父上に生きていて欲しかった・・・結局両親の仇を憎み切れるほど我の心は強くなかった・・・それどころか仇にほだされ、実の家族として情を傾け・・・だが一緒に死ぬこともできず、アイツに怯えて・・・どうしたら、我はどうしたら・・・う、ぐ・・・うああ・・・」
エアリアルは決して大きな声は上げなかったが、アルフィリースの背中を掴むように泣いていた。正直エアリアルがかなり力を入れていたため、アルフィリースは背中に痛みを感じていたが、とてもそれを口に出す気にはなれなかった。
続く
あけましておめでとうございます、はーみっとです。え、名前なんて忘れてたって? い、いいもんねww
さて、重大なお知らせが。作者私用にて、二ヶ月間ほど忙しくなります。四月には転職が決まったので、もしかしたら三月も忙しいかもしれません。
で、考えたのですが。呪印のストックはまだあるのですが、毎日投稿して更新が長いこと止まるより、隔日で投稿していこうかなと思います。ですので、これより隔日投稿になると思いますが、どうかご容赦くださいませ。
新しい仕事もかなり忙しそうではありますが、週に2~3回は最低投稿していきたいなぁとか考えています。きっちり完結させるつもりではいるので、ご安心を。
では今年も『呪印の女剣士』をよろしくお願いいたします<m(__)m>
次回投稿は1/6(木)12:00なんだからねっ!