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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その90~呼び戻されしもの⑤~


「くっ」

「潰れろぉ!」


 ボートが放つ渾身の叩きおろし。レイヤーの体勢が不十分であり、受け止めようとしたところ、突如としてボートの動きが止まった。ボートの体を見ると、後ろから何かに体を刺し貫かれているではないか。

 レイヤーはボートの体を刺し貫く元を見た。そこには、連結剣のように変化したケルスーの右腕があったのだ。ボートは何があったのかわからず、後ろを頼りなさそうな顔で見た。


「あれ・・・兄ちゃん? なんで・・・」

「あー、めんどくせぇ」


 ケルスーが顔を抑えながら、呻くようにつぶやいていた。ボートを貫いたこともどれほど自覚しているのか。その顔は醜く歪み、もう知性を備えている様には見えなかった。


「もう何もかもめんどくせえ。傭兵団の運営を考えるのも、賞金首として追われる生活も、お前の面倒を見るのも。俺は樵として暮らしたかったんだ、親父のように尊敬される人間になりたかった。田舎でもいいから樵をやって、稼いだ金でちょっと都会に出たりして、いい女を時々抱いて。それだけで十分だったんだ。なのに頭の足らねぇ馬鹿力のテメェがうっかり人を殺しやがるから――こんなことになったんだろうが! 何もかもテメェのせいだ、死んで俺に詫びろ、詫び続けろぉぉぉぉ!」


 ケルスーの右腕がボートの体をさらに深く刺し貫く。ボートの口から血が大量にあふれ、そしてケルスーはボートの体を思いっきり地面に叩きつけ、投げ飛ばした。レイヤーの傍の壁に叩きつけられたボートの表情をレイヤーは最後に見た。絶望したような顔つき、そしてその口から確かに最後の一言をレイヤーは聞いた。


「兄ちゃん、ごめんね・・・」


 ボートの表情は詫びるように、悲しそうだった。だがその表情も一瞬で、すぐに彼は崩れて塵へと還っていった。残ったケルスーが雄叫びを上げる。


「はははは! ついに足手まといが死にやがった! これで俺は自由だ、もう何も俺を妨げはしねぇ! 俺は自由だ、人間ですらなくなったんだからな! もう法もギルドも、何も俺を縛るものはない!」

「それで? お前は何をしたい?」


 レイヤーは冷静にケルスーに話しかけていた。ケルスーがボートを殺したことも、特に何の感慨があるわけでもない。レイヤーは自分ではそう思っていたのだが、胸の奥にあるちりちりとした焦燥感のようなものの説明はつけられなかった。

 哄笑を上げるケルスーがレイヤーの方に向いた。


「それはこれから考えるんだよ! 時間はたっぷりあるからなぁ!」

「弟のことはいいのか」

「いいんだよ! こんな頭の足らねぇ弟、死んじまえば!」

「守りたいものは、お前にはないのか」


 レイヤーは自分で言っておいてその言葉に驚いた。レイヤーこそ守るべきもののために剣を振るうとはあまり意識したことがない。確かにエルシアやゲイルのために力を振るうとは考えてきたが、それは彼らがレイヤーのことを兄弟のように扱ってくれるからだった。家畜でも恩を感じると聞く。人目を避けるように怯えながら残飯を漁る、畜生以下にはなりたくなかった。だから、レイヤーにとってエルシアやゲイルは守るべきものであって、守りたいものではなかったのかもしれない。

 だがイェーガーに所属し、様々な経験を経てレイヤーには自分の力の使い方が徐々にわかるようになってきていた。目的のない力の使い方はただの暴力であり、それぞれの力は使うべき場所がある。その経験に反するケルスーに、レイヤーは腹を立てていた。


「守るもののないお前の力は危険だ、見逃すわけにはいかない」

「なんだお前は、正義の味方か? 俺らは傭兵だ、好き勝手に生きるのが俺達の流儀だろうが!」

「僕は人間だ。人間としての矜持がある。でもお前は違う。お前はもう人間を辞めている」

「人間なんざいくらでもやめてやるさ! こんな力が手に入るならな!」


 ケルスーの全身が変化を始めた。服が破れ肥大化した体から覗いたのは、全身が剣のように硬化した皮膚であった。いや、本当に全身が剣になったのだろう。体は伸び、胴体までもが連結剣のように節のある剣となっていた。剣となった腕はさらに増え、総数六本。ケルスーの体格はボートのそれを優に上回り、レイヤーの倍以上の身長となっていた。

 レイヤーの本能が危機を伝える。この相手は尋常ではない。感情はどうあれ、自分単体でどうにかなるような相手ではないかもしれないと。レイヤーの表情にもその感情が出たか、ケルスーが余裕たっぷりに問いかける。


「どうだ、小僧。俺は手に入れた、この力があれば自由だ。何にも縛られることはない。お前もほしくないか、この力が」

「・・・力は欲しい。でも、その力じゃない。僕は人間を辞めるつもりはない」

「人間にこだわる必要がどこにある?」


 確かに、と少し前のレイヤーなら同意したかもしれない。だが今は人間を辞めたくはなかった。その理由はまだレイヤーにも明確にはならなかったが、ふっとアルフィリースの顔が浮かんだ気がした。

 だがその妄想は、ケルスーの攻撃によって霧散した。


「こんなに! こんなに力が湧いてくるのによぉおおお!」

「!?」


 ケルスーの手が六本同時に襲い掛かる。六本あればそれぞれが互いの動きを邪魔しそうなものだが、それもない。そして速度はともかく、今までとは比べ物にならない剣の破壊力。以前のように連結剣の間を切る作業などできるはずもなく、咄嗟に出したシェンペェスで斬りかかり、その反動を利用して攻撃の範囲外に逃れるのが精いっぱいだった。

 何とか一度は脱出したレイヤーだが、一度の攻撃で何か所も傷を負っている。そしてシェンペェスは折れ、絶体絶命だった。

 戦う気概はある。だがその方法がないレイヤーに、声が聞こえてきたのはその時だった。



続く

次回投稿は、6/23(火)18:00です。

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