封印されしもの、その89~呼び戻されしもの④~
「ぐ・・・う」
ケルスーがうめき声と共に崩れ落ちた。レイヤーは集中を解き、ふぅ、と一つ呼吸を入れる。最高の集中力だったからこそあっけなく倒せたように感じるが、一つ選択を間違えたり戦いが長期化していれば、間違いなく自分が死んでいた。救援がまるで見込めない中、強敵との戦いで、さしものレイヤーも少々安堵したといえば嘘ではない。
だがレイヤーには少し引っかかるものがあった。何かを忘れているような。同じような状況で失敗を犯したとつい最近感じた記憶が頭に浮かんできた。
「(あれ・・・これって・・・)」
レイヤーが何事かと思うのと、背後から襲い掛かる剣に反応するのは同時だった。剣を弾き飛ばして飛びずさった直後、丸太のような太いボートの腕に突き飛ばされ、壁に叩きつけられていた。受け身を取ることには成功していたが、それでも体には骨が軋むほどの衝撃が走る。
「・・・っ!」
思わぬ衝撃に言葉は愚か、呼吸もままならない。先ほど、ディッガーとの戦いで倒したと思った直後、復活したのを思い出す。魔王の生命力は尋常ではない。頭を潰してなお、再生してくるのだ。この二人も当然そうであるはずなのに、つい気を抜いたか、人間の時と同じように戦ってしまった自分がレイヤーは恨めしかった。それでも先ほどの経験がなければ、もう死んでいてもおかしくなかった。
そして案の定、ボートとケルスーは復活していた。先ほどつけた傷は、早くも塞がりかけている。
「あぶねぇな、完全にやられたと思ったぜ」
「兄ちゃん、やっぱりこいつ油断ならないね」
「そうだな・・・」
だがボートほどにケルスーは安堵していなかった。先ほどの攻防で確かに自分は死んだはずだ。以前戦った時のレイヤーとは比べ物にならない速度。前回の戦いはまだまだレイヤーに余裕があったことを、ケルスーは今知った。
それにレイヤーの動きはかろうじて目で追えたものの、反応がとてもではないが間に合わなかった。この体になってから強敵との戦いを経験していない。反応できるにもかかわらず、頭が追いついてこなかった。
それに、確かに致命傷を負ったはずなのに再生する体。ケルスーにとっても、あまりにも何もかもが前回とは違いすぎた。
「(ちっ・・・本当に俺たちは化け物になっちまったようだな。だがこれはこれでいいのかもしれねぇ。どのみちお尋ね者だ。それが傭兵団まで失ったとあっては、今度は狩られる側になっちまう。それくらいならいっそ化け物になって、人間を恐れさせるなんてのもいいのかもしれねぇ。もう人間の世の中には俺たちの居場所はないだろうしな。
だが頭に靄がかかったようなこの感覚はなんだ? 考えるのがだりぃ。確かに頭の中身に自信なんざありゃしねぇが、それにしてもこの、なんだ。綿でも敷き詰めたようなこの感覚は。ボートは気にならねぇのか――ああ、あいつの脳味噌は元から藁みてぇなもんだもんな。かわりゃしねぇか。その分俺がしっかりしねぇといけねぇんだが――でもだりぃな。ああ、眠いのや女を抱きてぇのとは違うな。これは――そうだ、ガキの癇癪と同じだ。全部ぶっ壊しちまいてぇ。後先考えず、全部全部――)」
ケルスーの葛藤など、レイヤーにはあずかり知らぬこと。だがボートはともかく、ケルスーの様子がおかしいことはなんとなく察することができた。そして仕留め損ねただけでなく、敵の危険度が増していることが感じ取られた。首筋がチリチリするのが、先ほどから止まらない。
「ああ・・・これはまずいな」
「今度は油断しないぞ! 確実に潰してやる!」
傷の塞がりきったボートが平手をレイヤーに向ける。大振りの一撃などレイヤーが食らう道理もないのだが、レイヤーの頭上を通り過ぎた平手打ちが起こす風圧は、レイヤーの体勢を崩すほどに強力だった。
バランスを崩したレイヤーは一度体勢を整えるべく地面を蹴るが、その動きに合わせてボートが凄まじい勢いで追いかけてきた。それはボートが鈍重だと思っていたレイヤーの予想を、はるかに上回る動き。前回の戦いでも意図したわけではないが、別にボートは鈍重なわけではなく、実は脚力だけならケルスーを大きく上回る。ただその膂力と頑丈さ、あるいはその性格から、脚力を発揮する機会に恵まれていないだけだ。
逃げるレイヤーに追い縋るボート。レイヤーに向けられた再度の平手打ちによる風圧がレイヤーの体勢を崩し、レイヤーは一か八かの反撃を迫られた。
続く
次回投稿は、6/21(日)18:00です。