封印されしもの、その87~ウィクトリエ①~
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「た、倒すには倒したが・・・」
「圧倒的ですね。なるほど、バラガシュさんが束になっても勝てないと表現するわけです」
「ですが、あれは人間の戦い方ではない」
ウィクトリエは圧倒的な力でヘカトンケイルを掃討していた。だが、その結果イェーガーの面々が抱いた感想は畏怖よりも恐怖に近かった。素手でヘカトンケイルを引き裂くように戦うウィクトリエを、誰も人間とみなしはしなかった。
戦い終えてその高揚が過ぎ去ると、ウィクトリエもまた冷静に戻る。その後でアルフィリース達の方を見て、他の人間がどのような目つきでこちらを見ているか気付いた。
「あ・・・」
見覚えのある光景だった。今でこそ村長としてその存在を受け入れられるウィクトリエだが、その力の使い方や見せ方が上手いわけではなかった。幼い姿に見合わず強大な力を使うウィクトリエは、周囲から敬遠された。テトラポリシュカが庇護を与え、安定した生活を得た村人たちは口にこそ出さなかったが、目は雄弁に語っていた。お前は異形だと。
ウィクトリエは努力をした。村人たちに溶け込めるように、力を適切に使えるようにと。それは皮肉にも、母であるテトラポリシュカとは全く違った人生になった。テトラポリシュカはその力をひたすらに伸ばそうとしたが、娘であるウィクトリエはその力をひた隠しにしようとしたのだ。
結果として、ウィクトリエは村人たちに受け入れられることとなった。ただ、いざ戦いとなるとその感情が昂ぶるのは血筋なのか。特に強敵との戦いでは抑えがきかず、ついやりすぎてしまう。ウィクトリエが村人たちに受け入れられるように力を振るうには、およそ百年以上の時を要していた。
「(また、やってしまった。ここ最近大きな狩りや戦いがなかったから、力の加減ができなかった。これではまた人の信頼を失うだけだ)」
「ウィクトリエ」
アルフィリースが前に出て声をかけた。ウィクトリエはついその体をびくりと強張らせたが、アルフィリースはそんなウィクトリエに対して優しく肩を叩き、あくまで普通通りに声をかけていた。
「呆けている暇はないわよ。テトラポリシュカを探さないといけないでしょう?」
「あ・・・そうですね。その通りです」
「彼女ほど強くても、やはり我々の助勢は必要かしら」
「テトラポリシュカ様は封印が解けたばかりで、本調子とはまだほど遠いのです。いつもならゆっくりと数日かけて体の動きを取り戻し、日常生活で3日ほど。戦闘ともなると10日は元に戻るまでかかると言っていました。それでも、ずっと眠っているから勘は常に鈍っていくと彼女は言っていましたが」
「それだけじゃあないでしょう? 彼女が大魔王と呼ばれるからには、人間側に大きな被害を出した一件があるはず。悪いけど、ここに来る前にアルネリア教の記録を読ませてもらったのよ。
北の大地に追いやられる数十年前、彼女は『魔法』である人間の都市を攻撃。万を超える死者を出したとの記録があるわ。アルネリアもはっきりとした体勢を取る前の話だから記録の正確さには欠けると思うけど、何か知っているでしょ?」
アルフィリースの言葉にウィクトリエがうっと詰まった。もっとアルフィリースはぼうっとした人の良い人間だと思っていたのに、そんな気配は微塵も感じられないほど鋭い視線。
ウィクトリエは己の胸中を吐かざるをえなかった。
「テトラポリシュカ様の最後の魔眼――奥の手とも申しましょうか。テトラポリシュカ様自身も制御困難ともおっしゃる魔眼が暴走する危険があります。若い時、修行を行ったのはその力を制御するためだともおっしゃっていたことが。もし現在強敵とでも遭遇してさらに消耗していたとしたら、今すぐにでも力が発動してもおかしくないのです」
「なるほど。となると一応聞いておくけど、その魔眼が暴走すると――どうなるの?」
「この一帯は消し飛ぶでしょう。下手をするとテトラポリシュカ様ごと、我々も」
その言葉に全身の背筋に冷やりとしたものが走った。いつ暴走するかわからないテトラポリシュカの能力。これでは安全も何もあったものではない。全員の気持ちを代弁するようにラインが発言した。
「アルフィリース、撤退を本気で考える時期だ」
「わかってるわ。でももう遅い」
「何がだ?」
「状況はどうあれ、私たちはこの工房の主に喧嘩を打った形になっている。今やらないと、後で何をされるかわかったものではないわ。少なくとも、何らかの決着は必要よ。
危険は伴うと言ったはず。ここにいる人たちには私に付き合ってもらうわ。そうできるだけの人材を集めているはずだから」
ラインとアルフィリースはしばしにらみ合ったが、ラインがため息とともに折れた。
「いいだろ、なら固まって動いた方が得策だな。ばらけると敵襲に対応できない可能性がある。ウィクトリエ、テトラポリシュカの位置は念話とかでわからないのか?」
「――いえ、この中は魔術で念話も妨害されています。うっすらとその存在がわかる程度で、確実なことは何も」
「リサ、センサーは?」
「なんとなくは通りますが、遠距離はだめですね。魔術以外にも、何らかの阻害要因があると思います。そもそもこの工房が構造自体が非常に複雑で、リサにも早々どうにかなるものではありません」
「なるほど――ならば私がやるわ」
アルフィリースは言うが早いか、呪印の力を解放し始めた。突然の行動に以前からの仲間はぎょっとする。特にラーナは顕著だった。
「アルフィ? いきなり何を?」
「呪印の力を解放して、精霊との交渉力を上げる。精霊との交渉だけなら、それほど負担もかからないはず。今でもある程度のことは私はわかるけど、この工房は広すぎて探すのに時間がかかりすぎるから」
「危険ではないのですか?」
「貴方たちを私の我儘で危険に晒しているのに、私だけが安穏としているわけにもいかないでしょう。大丈夫よ、そこまで負担はかからないと思うわ」
アルフィリースはこうと決めると頑固だが、今回の表情はあまり悲壮感や焦燥感もなく、ある種の確信があることは明白だった。なのでラーナも心配そうにしながらも引き下がった。
そしてアルフィリースが呪印を解放した姿を見て、新入の団員は目を丸くした。体に浮かび上がる模様もそうだが、それ以上にアルフィリースの威圧感が目に見えて増大したからである。アルフィリースが剣の腕前も頭脳も一流であることを団員たちは知っていたが、それでも超一流に分類されるであろう使い手達がどうして彼女に付き従うのか、これで納得した面々も多かった。
そしてアルフィリースもまた、呪印を解放して違和感を覚えていた。
「(・・・? 今日は妙に抵抗が少ないというか、簡単に開放できるというか・・・ねぇ、私の中の誰かさん。ひょっとして協力してくれている?)」
意識の中への問いかけに返答はなかったが、どうやらあながちはずれではないかと確信めいた何かを抱くのであった。
続く
次回投稿は、6/17(水)19:00です。