封印されしもの、その84~闇に沈む①~
「えっ!?」
オシリアが予想もしない驚きの声を出した。なぜなら、すでにその場にメイソンの姿は忽然と消えていたからだ。
メイソンがいるべき場所の地面には穴すら開いていなかったが、オシリアは土が盛り返されたように色を変えていることに気付いた。
「あいつ・・・まさか私に感知されない程度のゆっくりとした速度で下に沈んだ? なんて細かい魔術操作かしら」
オシリアは舌打ちしたが、同時に関心もしていた。ここまで細かく精霊を操作できる魔術士はついぞ見たことがない。さしものオシリアをしても一本取られた気持ちになったが、それで諦めはしない。
「素晴らしい才能。今殺しておくべきね、これは」
オシリアは地面の下に走る通路に出現しなおすと、三方に分かれた道に気づく。その三方それぞれに意識を伸ばすと、空間を捻る要領で手繰るように空気を集め始めた。そして引き絞るように力を込めると、その力を一斉に解放したのである。すると圧縮された空気が通路一杯に広がり、解き放たれた猟犬のごとく通路を走っていく。だが、メイソンがそれらに当たった手ごたえはない。
既に通路を変更したのかもしれない。だがオシリアもまた魔女としての素養に恵まれた者。精霊達に交渉し、メイソンの行き先を限定し始める。
「逃がしはしない」
オシリアは壁を破壊し、メイソンを物理的に追い詰めることにした。壁を分解し通り抜けるにしても、厚みがあればそう簡単にはいくまい。生き埋めにしてしまえば、さしものメイソンも死ぬだろうと考えたのだ。
アノーマリーの工房はオシリアの能力によって、その形を大きく崩すことになった。ただオシリアは気付いていなかった。オシリアとディッガーは根本的にやっていることは似て非なるものであったが、オシリアはその差をまるで意識できておらず、メイソンはよくわかっていることに。
***
「んー、派手にやってるねぇ。でもちょっと派手すぎるかも。急がないとね」
ドゥームはメイソンの追撃から逃げながら、ある場所に向かっていた。後方ではくぐもるような地響きが聞こえてきており、オシリアがメイソンと戦っていることがわかる。普通にやればオシリアが一方的に嬲ることになるだろうが、相手を舐めるとろくなことがないのはドゥームも心得ている。ましてアルネリアは一度襲撃したとはいえ、巡礼の上位には油断ならない者が多いのはわかっていた。
オーランゼブルの命令に背きアノーマリーの工房に来たのには、それなり以上に理由がある。危険を冒すだけの価値あるものがここにはあるのだ。そのうち一つは手に入れた。もう一つは偶然転がり込んできた。そして残るは一つである。そのためには、是非ともアノーマリーと会う必要があるのだが、問題はその時期だ。今現在彼に会っても手に入らないだろうし、かといって時期を逃せば永遠に失われる。
ドゥームは一度足を止めた。後ろからはメイソンが追ってくる気配ない。うまくオシリアが足止めをしているのだろうから、今は焦っても仕方がない。それよりも十分に準備をし、好機をじっと待つ。獲物を狩るのは自分から動くだけではいけない。罠を張り、相手がかかるのを待つことも必要だ。そう、リビードゥの特性がそうであるように。ドゥームは頭をぽりぽりとかいた。
「わかっちゃいるけど、性に合わないね。地上には『あいつ』を配置したから準備は十分だけど、果たしてそれほど上手くいくかどうか。悪運には自信があるけど、悪運ってこの場合あてにして良いのだっけ? まぁいっか。それよりも、問題はこれだ」
ドゥームは左脇に抱える大きな瓶を見た。そこには傷ついたピートフロートが入っている。先ほどこの工房に侵入した時、たまたま目の前に突如として現れたのだ。ドゥームにとっては何が何やらわからなかったが、考えるところがあったので拾っておいた。
ピートフロートの腹には大きな傷がある。見たところ致命傷とまではいかないが、適切な治療を施さなければ死んでもおかしくはない。もっとも、妖精に対する適切な治療が何かなどということをドゥームは知りもしないのだ。
そうこうするうち、ピートフロートが唸りながら少し目を覚ましていた。ピートフロートがゆっくりと覚醒すると、目の前にはドゥームの顔があったのである。
「やあ、ピートフロート。『久しぶり』」
「・・・ドゥームか」
ピートフロートが額の汗を拭いながら相手を認識した。この二人の会話にはどこか親しみがあるようにも聞こえるが、本心ではまるで互いに信用していない。どちらも闇に属するからこそ、相手の油断できない部分を察していた。
この二人、実は知り合いなのだ。闇を深く知る者同士、出会うことは必然だった。闇は世界中でつながっている。まして様々な情報を得るために動くドゥームが、この世で最も情報通と言っても過言ではないピートフロートと知り合うのは時間の問題といえた。
ただこの二人は互いに情報交換を適度にするくらいで、全く互いのことを信頼などはしていない。ピートフロートにしろドゥームの危険性はわかっていたし、ドゥームもまたこの闇の上位精霊をどのように扱ってよいか決めあぐねていた。なので、ドゥームもピートフロートをどうするかはまだ決めていない。というより、決めることができなかったのだ。その分、興味は尽きないわけだが。
ピートフロートの意識が戻ったのを見て、ドゥームが話しかける。
続く
次回投稿は、6/13(土)19:00です。




