封印されしもの、その83~訪れる男⑦~
メイソンが嘲笑気味に鼻で笑う。
「ふん、とんだ強敵がいたものだと楽しみにしてみればこの程度か。開けた空間なら強敵だったろうが、気を張って損したな」
「敵を固めたその塊はどうするのだ」
「こいつは冷気そのものだ。この大地にある限り、永遠に目覚めることはあるまい。まあ湖の底に沈めてやればより安心だろうな。この手の生命体は寿命がさほど長くない。封印状態で数年も放置すれば、自然消滅するだろう」
「なるほど。お前はよほど戦い慣れているようだな?」
「そうだな」
オロロンの言葉にメイソンがさも当然のように答えた。事実だったからだが、それ以上に気が抜けていたかもしれない。だがそういった時に限って、予想外の事態は起こるものだ。
この時、連戦となった強敵との戦いに無傷で勝利したことで、さしものメイソンにも隙ができた。その隙を突くようにメイソンの背筋には嫌な予感が走ったが、メイソンが予め周囲の精霊達の声をきちんと選り分けて聞いていれば、この事態は避けられたかもしれない。
メイソンがはっとした時には、倒れたはずのブラムセルが起き上がる時だったのだ。
「馬鹿な、間違いなく死んで――いや、ドラゴンゾンビ化した? なぜ今更――」
メイソンは疑問が湧くと同時に、反射的に部屋の外も含めた周囲の気配を探っていた。すると、部屋の外に動く誰かがいるのがわかったのだ。
「あれか!」
「待て、どこに行く――」
起き上がるブラムセルと、それに対峙するオロロンとヴィターラの声が聞こえた気がしたが、メイソンは振り返ることはなかった。精霊の声を聞くまでもなく、これはまずい。そう察したのだ。
立ちはだかる壁をあっという間に分解し、メイソンは気配を追った。気配はするすると滑るように移動していたが、メイソンがなりふり構わず負った結果、ぎりぎり追い縋ることに成功していた。
「待て!」
メイソンは立ち去りかけた影を呼び止めた。何ら効果がないかもしれないと思っていたが、思わぬことにその影は呼び止めに応じたのだ。影は振り返ると、フードを取ってメイソンに笑顔で応じた。その笑みが邪悪そのものであり、メイソンは自分の嫌な予感が当たっていたことを理解したのである。
その影の正体をメイソンは知っていた。
「貴様、ドゥームだな?」
「そういう君は・・・確かアルネリアの巡礼者だったね。相当高位だったと思ったけど、確か――三位のメイソンで合っているかな?」
「俺のことを知っているとはな」
「情報通だからね、ボクは」
「貴様が先ほどの氷竜をドラゴンゾンビにしたのか」
「そうだと言ったら?」
「何のためにそんなことをした」
「教えてあげないよーだ」
おちゃめに切り返すドゥームとメイソンは腹の探り合いをしょうとしたが、それ以上にドゥームの両手にあるものが気にかかった。ドゥームが右の小脇に抱えるのは、人も入りそうな大きな袋。まるで動かないが、形からして人が入っている様にも見える。問題は、誰が入っているのか。
そして左手にある、脇に抱えるほど大きな瓶。中にいるのは、妖精ではなかろうか。どうやら傷つき気絶しているようだが、周囲の精霊のざわめき具合からも、これがただの妖精でないことは明らかだった。
ここでこいつを見逃すとまずい、取り返しのつかないことになるとメイソンは本能で察した。メイソンが戦闘態勢に入らんとするまさに直前、ドゥームは彼をあざ笑うかのようにニタリと笑って身を翻してた。
「待て!」
「待てと言われて待つ奴はいないだろ。オシリア! 予定通り、時間稼ぎを頼む」
「仕方ないわね」
メイソンの目の前に現れた血のように紅いドレスの少女。瞳まで真紅に染まった少女のことを、メイソンは報告で知っていた。アルネリアの討伐歴史でも最大の悪霊に認定されたオシリアだ。
メイソンは反射的に横っ飛びでその場を後にし、身を隠した。オシリアがメイソンの躊躇のない対応に目を丸くした。
「懸命ね。その場にいたら首をねじ切っているわ」
「(くそっ、最悪の状況だな。いくら俺でも単独で第五位の悪霊を征伐するのは、何の準備もなしには無理だ。まして報告ではあのオシリアとやらは魔術耐性が異様に高く、聖属性でも魔術をまるで受け付けないのではないかと想定されている。そんなやつとやり合うだけ時間の無駄だ。なんとかドゥームだけを追えないか)」
「ああ、ちなみに私をやり過ごしてドゥームを追うのは不可能よ」
オシリアがメイソンの考えを読んだがごとく高らかに宣言する。メイソンははったりだと思ったが、目の前を走った虫が死角にいるにもかかわらず千切れて消えたのを見て、考えを改めた。
「私の能力は視認していないと精度が下がるだけで、別に発動できないわけではない。今私は動く物に対して自動的に攻撃を仕掛けるようにしているわ。ここを動くことはできないけど、膠着状態になるならそれでよし。最低限の目標は果たせるわね。
それにあなたは壁を崩して移動することが可能みたいだけど、私も実体を持たない悪霊よ。壁なんてあってないがごとくだわ。逃げ切れると思わないことね」
「(ちっ、ますます厄介な)」
メイソンを焦燥感が襲う。メイソンとオシリアは曲がり角一つを隔て、距離にして十歩程度しか離れていなかったが、決め手を欠く戦いは完全な膠着状態に入っていた。
動きがあったのは数分後。オシリアが何も仕掛けてこないメイソンを訝しみ、いっそ殺してしまった方がよいかと、数歩を突如として縮めた時だった。
続く
次回投稿は、6/11(木)19:00です。