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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その82~訪れる男⑥~

 アラウネが完全に絶命したのをメイソンが確認すると、くるりとオロロンの方を向いた。


「感謝する。お前達の出現がなかったら、もっと苦戦していただろう。聖女の加護を」

「いや、我々としてもそなたがいてよかった。我々だけではあえなく全滅したかもしれない。ところで、そなたは氷竜を見なかったか? それも、一際大きな奴だ」

「氷竜? 外には大量の死骸があったが、中ではまだ見てないな。こちらこそ聞きたいのだが、壁ごと凍らす冷気には遭遇しなかったか?」

「いや、そのようなものには出会わなかったが・・・」


 オロロンが答えかけた時、地面がずん、と揺れた。アラウネは巨大な松明と化していたが、よほど厚みがあるのか、まだ氷が融けるほどではない。振動は徐々に大きくなり、下から突き上げるような衝撃が部屋を襲った。

 そして半ば融けかけた血の地面から上ってきた巨大な影。氷竜は首が長いが、既に天井に頭が届きそうであるため体はまだ地面に埋まったままだが、それは一際見事な巨体を誇る氷竜であるはずだった。

 いや、『はず』と表現したのは姿が醜く崩れ、腐臭を放っていたからである。それは間違いなく、氷竜の腐竜ドラゴンゾンビであった。


「これがお前達の探している氷竜か? 随分と個性的な奴だな。それに一際以上に巨大なようだが・・・まさか、これが氷竜の長か?」

「ああ。このノースシールの実質的な主であり、管理者だ。氷竜ブラムセル。我々とほぼ同世代に発生し、幼い頃は共に氷原を駆け回りもしたものだが。まさかと思っていたが、このような姿になっていたのか・・・」


 オロロンやヴィターラは動揺を隠せないようであった。それもまた無理からぬことだったが、メイソンは別のことを考えている。職業柄動く死体などはいくらでも見てきたし、ドラゴンゾンビの類も何度か見たことがある。それらに共通して言えることは、どれもこの世に対する妄執を抱いていることであり、彼らの妄執を晴らしてやればただの死体に戻ることもままあるが、多くは理不尽な要求や妄念であるため、物理的に消滅させるのがもっとも手っ取り早い。

 だが、このブラムセルからはそのような強烈な要求を感じないのだ。本当にただ、動いているだけのように見える。


「(普通のドラゴンゾンビではないのか・・・うん?)」


 氷竜のぎこちない動きが止まると、腐った体の各所から冷気が漏れてきた。融けかけていた氷が一瞬にして凍結する。メイソンは一つ理解した。


「なるほど、こいつが冷気の発生源か。だが妙な場所から冷気を吐くな。確か竜種はブレスを吐くための『竜嚢』とかいう構造が喉にあるはずだがな。腹やケツからブレスを出す竜なんぞ聞いたことがない」

「・・・それは私の能力だ」


 メイソンの挑発ともとれる言葉に答える者がいた。部屋の中に響き渡る様な声の主は誰かと全員が探したが、やがて漂う冷気の中に顔らしきものが浮かんできた。ようやく目と口と判別できるそれは怒っているようでも笑っているようでもあった。


「私はムーザー。アノーマリー様よりこの工房の防衛を任される者」

「なるほど。極低温の空気そのものが意志を持つか」

「いかにも」

「想像はしていたが、目の当たりにすると厄介だな・・・というより、お前のような者を狙って作れる方が凄まじいな」

「父上は万能ゆえ」

「ふっ、万能ときたか」


 メイソンが嘲笑した。その行為にムーザーが怒りをあらわにする。


「何がおかしい」

「随分と隙だらけの万能だな、お前の父上とやらは。黒の魔術士からは見捨てられ、今また余計なこうやって我々にも追い立てられる。能力的にはもしかすると申し分ないのかもしれんが、運だけはないようだ。それとも疫病神でもついているのではないか?」

「黙れ! 疫病神だろうが貴様らだろうが、父上に仇成す者は私が排除する!」

「残念だが、戦いはもう終わっている。お前の負けだ、ムーザーとやら」


 ムーザーがはっと気付いた。メイソンは先ほどから手で何かを抱えるような形を作っていたが、その中に自分の体が吸い込まれていくのがわかったのだ。ムーザーは脱出しようと試みたが、既に遅かった。もはや流れに逆らうことができなかったのだ。


「ここの守護者とか言ったな。それは同時に戦闘経験がないと露呈するようなものだ。それに部屋が密室になってしまったのもまずかった。俺は閉じた部屋の空気の流れを操作し、集約するだけでお前をここに閉じ込めることができる。

 ドラゴンゾンビの中に生息し、その巨体を操るのは中々の発想だったが、その巨体で出現した場所を塞ぐようでは世話がない。お前に足らないものは自分の特性を理解する知性だ」


 メイソンがムーザーの反論を聞く暇すらなく、掌の挟める程度の風の球体にムーザーを収める。そして上から飲料として持ち込んだ水をかけると、ムーザーは一瞬で凍結し、全く動けなくなってしまった。そしてムーザーという宿主を失ったブラムセルの亡骸も、その場に崩れるように倒れていた。



続く

次回投稿は、6/9(火)19:00です。

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