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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その81~訪れる男⑤~

「そこか」


 メイソンは先ほどまでに倍する速度で走り始めると、一直線に目標の場所に向かった。途中にある壁などは、もはやないも同然。突き抜け、あるいは分解し、ほどなくメイソンが到達した場所は、ヤマゾウの体でもゆうに数十体は活動できるであろう広い空洞だった。目の前には一本の白銀の柱。あとはがらんどうの、何もない空間だった。

 もっと奇妙なのは、地面が赤いことだった。地面を少し足で払うと、地面は凍結している血だと気付いた。血の中には、わずかながら臓物の残骸のようなものも見える。凍結しているから匂いもないが、これが放置されていれば耐え難い腐臭を放つだろう。


「これは・・・死体を凍らせているのか。氷で作った堆肥のつもりか。いや、行き場のなくなった死体を処理しているのか。さながら死体置き場か、あるいは保存食糧か。それにしても・・・」


 メイソンは突如として柱に向け、爆裂の魔術を放った。柱と地面が衝撃に揺れ動くほどの一撃なのに、柱には一つも傷がついていなかった。だが柱からは殺気のようなものが漏れ始めていた。

 メイソンが呆れたようにため息をついた。


「まさか、糸そのものが本体とはな。てっきり糸を出す何かの生き物だと思っていたが・・・ですが。さて、どうやって倒したものか。魔術すら衝撃として吸収し、地面に逃がして分散するとなると、攻撃方法は限られるな」


 メイソンには珍しく悩んでいたが、すぐに助言が精霊から与えられた。有象無象の精霊達は、周囲で起こる出来事を逐一報告してくれる。時にそれは耳鳴りのように鬱陶しいものだが、緊迫した場面や手詰まりの場面では非常にありがたいものだ。精霊曰く、すぐにここには救援が来るとのことだが、思い当る節はメイソンにはない。

 そんな彼の元に出現したのは、幻獣たちの群れ。先頭を走るヴィターラとオロロンがメイソンを認識する。


「こんなところに人間が?」

「敵・・・というわけではなさそうだが」

「ほう、この大地に住まう幻獣か」


 メイソンはヴィターラとオロロンを値踏みした。もちろん幻獣である以上一定の戦力にはなるだろうが、何せこの工房の魔王の類は通常の魔王よりもかなり強力だ。数多の討伐実績を持つメイソンでも相当に苦戦する相手なのに、初めて連携を取る相手が何らかの役に立つとは思えない。

 だが一方で、精霊の助言は的確だ。彼らの囁きはおよそ真実だが、表現が曖昧であることが多く、めいめい勝手に見境なく喋るものだから、取捨選択が難しい。


「さて、彼らがこの状況を打開してくれるのか、くれますか・・・ん?」


 メイソンが柱の方を確認すると、柱はぶるぶると奇妙に震え、その場で360度一回転して見せた。同時に四本の糸が柱から分離し、天井と地面を貫通する一本の軸となると、メイソンと幻獣たちに向けて走ってきた。


「ち、攻撃か」


 メイソンと幻獣たちは躱したが、糸は一直線に走り抜けるだけではなく、彼らを追尾してくる。幻獣たちが散開し糸から距離を取ったが、糸に狙われたものは執拗に糸から逃げ回る羽目になった。一体の幻獣が迫る糸を躱すために横に飛んだが、糸はその場でぐるりと回転し、避けようとした幻獣を輪切りにしていた。

 その速度が、徐々に速くなる。


「気を付けろ、加速するぞ!」

「いや、それだけじゃねぇな・・・」


 メイソンが目を疑うかのように、眼鏡の位置を直した。柱からは次々と糸が放出されてくる。その数は、既に数えるのが億劫なほどになっていた。そして先ほど自分が侵入してきた入り口は、既に崩落が始まっていた。


「なるほど。先ほどの工房の外の道は穴を掘っている奴が拡張していたが、工房の中はこいつが管理者か。穴を掘ったり、崩落を止めたり。構造上結構無茶な穴の掘り方をしているとは思っていたが、こいつが体を地面の中に張り巡らせて安定させているのか。糸の体なら一部を伸ばせば体を相当拡張できる。こいつがいたるところに体を巡らせているせいで、工房に侵入者があれば振動で感知できると。そういうわけか。

 追いかけたつもりで、まんまと誘い込まれたな。ここはさしずめ死体や侵入者を細断するための解体工場と言うのが正しかろう。だがここに来れば中心となる核もあると思っていたんだが、悠長に探している時間もなさそうだな、なさそうです。ふむ・・・」


 メイソンは周囲の状況を見た。足元に眠る氷漬けになった無数の遺体。それに今周囲で八つ裂きにされていく獣たち。血に濡れる糸の動きが鈍くなるのを見て、一つのことを思いつく。


「お前・・・よく油を吸いそうだな? だから死体を凍らせているのか?」


 メイソンは糸の化け物――アラウネが問いかけに答える前に行動を起こしていた。地面の下の氷を一部分解し、血のたまりをアラウネにおもむろにぶつけていた。アラウネはその性質なのか、体に当たった血を体に吸収して広がっていった。その結果に、メイソンが満足そうににやついた。

 メイソンの行動を見ていたのは、ヴィターラである。彼はメイソンの行動が何を意味しているのか、直感で理解した。


「人間よ! そいつは俺たちヤマゾウの体を散々切り刻んでいる。皮下脂肪の多い、我々の体をな!」

「それはありがたい情報だ。なら、さぞかしよく燃えるだろうな」


 メイソンが煙草を取り出した。火をつけるとそれは普通ではありえないくらい燃え盛り、巨大な火花と化していた。これは煙草の形をした燃焼剤に、メイソンが魔術で付加効果を加えた即時発動する大魔術だ。詠唱するよりもよほど早く、強力でもある。

 アラウネが防ごうと行動を起こす前に、メイソンは準備を終えていた。


「寒冷地用の装備だったが、役に立ったな」


 アラウネが糸を放出してメイソンの行動を止めようとする。だがメイソンは冷静にその糸を信じられない反射神経で避け、そのうちの一本に冷静に煙草を押し当てた。


「燃えろ。吸った命の分だけ、派手にな」


 するとアラウネの体には即座に火が回り、糸の柱は一瞬で巨大な松明と化した。しばらくは動き回っていたその体も、即座に糸が融けると崩れ落ちていった。



続く

次回投稿は、6/7(日)19:00です。もう一回連続投稿行っときます。

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