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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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大草原の妖精と巨獣達、その18~業火の中に~

***


「アルフィ、準備は!?」

「出来てる!」

「カザス、馬は!?」

「引いてきている!」

「ではすぐに行くぞ! 全力でここを離れるから、我に着いてこい! 向かうのはこの洞窟の東の果てだ。およそ600kmはあるが、一日で駆ける。そのつもりでいろ!」


 エアリアルが飼っている馬は並の馬ではなく、大草原特有の馬のためその姿は大きく、速度も持久力も大草原以外の馬とは比較にならない。600kmでも一日で駆けることは不可能ではないだろうが、乗り手も合わせて強行軍であることには変わりがない。だが誰1人異論は唱えなかった。


「エアリー、ファランクスのことは・・・」

「今は言うな!」


 エアリアルが大きな声でアルフィリースの言葉を遮った。いつも冷静なエアリアルには珍しいことだ。


「今は言うな・・・頼むから言わないでくれ」

「・・・ごめんなさい」


 その言葉を最後に誰も何一言発することは無く、一ヶ月間暮らした――エアリアルにとっては7年以上を暮らしたその場を後にした。


***


 それから数時間後――


 ドラグレオとファランクスが戦っていた岩場は形を変えていた。一面が炎に包まれ、岩盤は飴細工のように溶け、また二人の衝突で地面の形は変わり、クレーターのような穴がいくつもあいていることが凄まじい激突を連想させる。

 周囲は既に暗くなり始めており、天には嵐の季節にもかからわず満天の星空が見えていた。これで周囲が炎で燃え盛っていなければ、もっと素晴らしい星空を見ることができただろう。だがそれはかなわない。

 燃え盛る炎の中心に立つ影が2つ。言うまでも無くファランクスとドラグレオだ。2人の周囲だけ炎が鎮火している。どうやら大量の血が火を消してしまったようだ。そして地面に転がる腕が、5本。


「フ。年はとりたくないものだな・・・もう体力の限界、か」


 ドラグレオの腕がファランクスの体内にめり込んでいる。そのまま中の臓器を引っ張りだした。大量の血を吐きながら崩れ落ちるファランクス。


「フウウゥゥゥゥゥオオオオオオオ! 俺が強い、俺が最強だ、俺が王者だあああああぁぁぁ! うらああああああああああああああ!」


 勝利の雄たけびを上げるドラグレオをかすむ目で見つめるファランクス。その目からは光が徐々に失われていく。


「(まさか自分の命を奪う者が人間とはな・・・これも何かの宿縁か。大草原から一歩も出たことのない自分にとって、何かと人生に影響を及ぼしたのは人間だった・・・シスターしかり、この男しかり・・・そして)」


 ファランクスの脳裏に緑の髪の少女が浮かぶ。出会った時、少女はわずか8歳だった。最初は憎しみに燃えた目で自分を見つめてきた幼い瞳。もちろん幼子に負けるようなファランクスではなく何度も返り討ちにしたが、少女は諦めることなく自分を追撃してきた。少女の体力が尽きて倒れると、看病してやったことがある。その寝顔はまさに天使のようで、その少女を見ているとどこかしら心がやすらぐ自分がいたのを覚えている。

 だが自分が少女の仇である以上、決して自分はその子に優しい目で見られることはないとも思っていた。事実目が覚めた少女は体力を取り戻す度に目に復讐の炎を宿し、自分に刃を向けた。


 少女と1年ほど追いつ追われつの不思議な生活を過ごした後、偶然に少女の里に辿りついた。そこで見たのは既に死に絶えた少女の仲間。少女はその場で崩れ落ちるように泣いたのを覚えている。ファランクスにあれほど胸が痛んだ時も無い。

 それから少女は自分の跡を付いてくるものの、あまり自分を殺しに来なくなった。少女の目には既に憎しみの炎もなかったが、生者としての光も失われ、まるで死人のようになっていた。だが全ての物事は風の導くまま――そう思っていたファランクスは少女に特別何もしなかった。


 その年の冬は格別冷えた。また餌も少なかった。普段は冬までにある程度獲物を狩り、蓄えを作って冬を過ごすのだが、その年は真冬でも狩りをしなければならなかった。巨漢のファランクスでも芯にひびく寒さに、人間の少女は凍えながらも付いて来ていた。

 その自分、餌が少ないため、草原の魔物たちは気が立っていた。狩りは激烈を極め、少女はそれに巻き込まれて大怪我をした。風の導くまま、弱い者は死ぬ運命――そうファランクスは思っていたはずだったのに、彼が取っていた行動は全くの別物だった。


 ファランクスは少女をくわえ、妖精たちが住む集落まで全速力で駆けた。全盛期の彼の脚力でさえゆうに半日はかかる道のりを、彼はわずか数刻で駆けた。どうやったのかは自分でもわからない。だがその甲斐あって少女は一命を取り留めた。

 それから少女の体力が戻るまで、ファランクスは自分の懐で少女を温め続けた。戦いしか知らない獣であり、少女の仇である自分がこうして何になるのかはさっぱりわからなかったが、彼に躊躇いも後悔もなかった。


 1週間近く死線を彷徨った少女だが、妖精たちの治療もあり、無事に生きながらえた。少女の髪色はより鮮やかな緑に変化しており、妖精たちの影響を色濃く受けたことがわかった。

 そして少女は自分の緑の長い髪を見ると気に入ったのか、ニコリとファランクスにむかって微笑んだのだ。その笑顔がまるで大草原そのものに微笑みかけられたようで、ファランクスは一生その瞬間を忘れないだろうことを本能で理解した。

 

 それからエアリアルの両親の遺言をファランクスは彼女に告げ、その時から2人は親子となった。ファランクスは戸惑いながらも、日々が満ち足りていくことに気付いていた。

 獲物の取り方、大草原の歩き方、木の実のなっている場所、戦闘訓練。少女に教えることは山ほどあり、日々は矢のように過ぎて行った。ファランクスにとって当然のようにできることでも、人間の少女にできないことは山ほどある。正直その差異ギャップにファランクスは歯がゆさを覚えつつも、決して嫌だとは思わない自分もいたのだ。なぜならば、上手く出来た時にエアリアルが魅せる笑顔は、彼の気持ちを天にも昇らせたのだから。


 そこまで走馬灯がよぎった瞬間、バラバラになって消えかけていたファランクスの意識が再び1つに集まり始める。


「(そうだ・・・ワシはあの笑顔を守らねばならん。こんな所で寝ている場合ではない!)」


 ファランクスの瞳から失われかけた光が徐々に戻り始める。


「(動け、ワシの体・・・まだできることがあるだろう!?)」


 昔自分を狩りに来た戦士たちの顔が思い浮かべられる。彼らは種属としては貧弱なはずなのに、実にすばらしい戦いを自分と繰り広げたことを思い出す。ファランクスは最初は鬱陶しいと思っていた彼らにいつしか敬意を払うようになり、彼らとの戦いを心待ちにしている自分がいることに気がついた。

 特にエアリアルの両親は格別に強かった。真っ向勝負でファランクスと一晩中戦い続けることができたのは、大草原の他の生物も含め、後にも先にもあの2人だけだった。その最高の2人が死に際に望んだことはたった1つ。


「娘を守ってくれ」


 死に際に自分の事より人の事かと、ファランクスには不思議だった。だが今ならその気持ちがわかる。


「オオオ!」


 叫び声と共にファランクスは立った。だが腕は既に1本しかなく、出血は限界を超えている。内臓もはみ出しているし、骨もそこらじゅうが折れている。なぜ立てたのか、自分でも不思議だった。


「フウウウゥー!」


 ファランクスが残りの体力をかき集め、ドラグレオを威嚇する。だがその威嚇の前に既にドラグレオはファランクスが起き上がったことに気が付いていた。ファランクスが起き上がったことに、心底嬉しそうなドラグレオ。


「ハーハッハッハッハァ! お前、最高だ! 最高の獲物だぜ!!」

「お前こそ・・・ワシが戦った中では最強だ。ワシが一番強い時にやってみたかったな。・・・名前を聞いておこうか」

「名前? 名前なんぞ重要じゃねぇ、重要なのはそこじゃねぇンだよ! 重要なのはな、今、どっちが強いのか、どっちが生き残るのか・・・それだけが万物が生まれてから唯一変わらない自然の摂理ってもんだろうがぁ!!?」


 ドラグレオが吼える。その咆哮による衝撃派で脆くなった周囲の岩盤が崩れる。


「随分穿った物の見方だが・・・獣はそれでいいのかもしれんな。全く、獣のワシより獣らしい人間とはな・・・」

「ウオオオオオオオオ! 勝負だぁ!!!!」

「来い・・・」


 ドラグレオの突進を悠然と待ち受けるファランクス。いや、待ち受けるしかなかった。もはや動く体力などなかったのだ。

 そのままドラグレオの右拳が、ファランクスの心臓を貫いた瞬間、全力を残った1本の腕に込めてドラグレオを抱え込むファランクス。


「むぅ!?」

「最後に戦う敵の名前も知ることができんとはな・・・余程ワシは前世での行いが悪かったらしい。だが、冥途には付き合ってもらうぞ!」


【災厄の火、憤怒の火、贖罪の火、深淵に逆巻く大罪の火よ。神を焼き常世に終焉を告げる奈落の業火よ。我の魂を代償に我が敵を焼き尽くせ】


「ぬおおおお!?」


 ファランクスの詠唱にドラグレオが危険を察知したのか全力で脱出しようともがくが、ファランクスの1本しかない腕はびくともしない。

 ファランクスが始めた詠唱はただの魔術ではなく、魔法の類いである。使えば永続的に土地に影響を及ぼすのが魔法。ファランクスが使おうとしているのは火系の魔法だが、使えば向う何百年間もこの一帯は草木一本生えない土地になるだろう。

 大草原で生まれ育ったファランクスにとっては最後の禁じ手であり、自らが死のうとも使うつもりはなかったのだが、彼は大草原全てよりもエアリアル1人が大切なことに気が付いてしまった。この男を娘の元にはなんとしても行かせない。それだけが彼の行動を支配していた。


【我が身灰燼となりて、巻きて寄りて流となせ。流となりて道を造れ】


「放せえぇえええ!」


 ドラグレオの叫びをかき消すかのように、周囲に燃え盛る炎が寄り集まり、一筋の炎となって2人の周りを回転し始める。その様子はさながら巨大な炎の大蛇が2人を締め上げるようとも、炎の竜巻が2人を巻きこむようにも見える。


【道を通りて来たれる業火に焼かれし亡者達の歓喜を持ちて、我、現世を煉獄と化す】

炉心融解メルトダウン》!


 ドラグレオが何かを叫ぼうとしたが、その声は周囲に届くことはなかった。そしてファランクス自身も燃え始め、その身が炎、いやマグマのようになっていく。同時に2人の立っていた地面もマグマと化し、周囲の炎が集まるに合わせ、一面の大地がまるで熱したバターのように溶けて行くではないか。

 ドラグレオは逃げ出そうともがくが、マグマと化した大地が意志を持つように2人に襲い掛かり、マグマの地面の中に押し込もうとする。マグマの質量は凄まじい。あとからあとか途切れない大波のように押しよせるマグマに、さしものドラグレオもなすすべなく飲まれてゆく。

 ドラグレオが完全にマグマの海に沈むのを見届けたファランクスだが、その身も既に炎に包まれており、もはや死は避けられないだろう。その意識が途切れる直前、ファランクスの脳裏に浮かんだのは、エアリアルの――自分の娘の笑顔だった。


「(エアリアルよ、ワシの大事な娘よ・・・ワシはろくな父親ではなかったな・・・何1つ父親らしいことをしてやれなかった。ワシが人間でさえあればよかったと、お前に出会ってからいつも思っていたのだ。だがこんなワシでも・・・お前が幸せになるよう心から願っているよ・・・)」


 そう考えて微笑むと、ファランクスの意識は炎の中に消えていった。



続く


 さて、明日も投稿・・・といきたいところですが、年末・年始は忙しい方も多いかと思います。また最新話まで追いついていない方もおられると思うので、三か月連続投稿といきたかったところですが~1/3までお休みして、1/4、12:00からの再開といたします。毎日最新話までついて来てくださる方、まことにお待たせいたして申し訳ありません。

 よろしければ今のうちに感想・評価なんかもお願いいたします。筆者、非常に嬉しいです。来年はさらに良い文章を書けるように精進してまいります。読者の皆様に来年もよい出来事がありますように。それではみなさん、よいお年を<m(__)m>

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