封印されしもの、その78~歪んだつながり①~
「妙なところに出たものです。奇妙な状況ですが、これは好都合と取るべきでしょうね」
突如として声が部屋に響く。声のした方向と衝撃波が来た方向をアノーマリーが見れば、空間にぽっかりと穴が出現していた。歪みなく斬られたであろうその裂け目を押し広げるようにして、中からはティタニアが現れた。
「さて、目標が二人同時にいるとは予想外。どちらから倒すべきか」
ティタニアがぎろりとアノーマリーとテトラポリシュカを見比べる。テトラポリシュカは思わずびくりとなったが、アノーマリーは既に行動を起こしていた。先ほどまでいじっていた石板の魔術式を起動させると、自分と巨人の立っていた場所が地下に沈んでいく。
ティタニアの視線がアノーマリーに移るが、その大剣が振り下ろされる前に、場には妨害が入った。
ティタニアの目の前に突如として現れた人影。ティタニアは余裕を持ってその影から伸びた剣を防いだつもりだったが、目の前で急加速したその攻撃に思いのほか深く打ち込まれていた。
ティタニアの目が興味深そうに見開かれる。
「ほう、見事な縮地の足運び。できるとは思っていましたが、斯様な牙を隠しているとは。やはり、ただのテトラスティンの妾ではないようです」
「そう思われるのには慣れているのですけどね。正直気色悪いのですよ、そんなことはありえないのですから」
「通じ合ってそうには見えましたが」
「ある意味ではそうですね」
そこまで言った段階で、ティタニアが受け流しに出たので、攻勢に出られる前にリシーは離れた。互いにぎりぎり剣の届かぬ距離で、剣を構えてにらみ合う。
「名前は聞きましたか?」
「リシーです。さして覚えていただく必要もありませんが」
「私に深く打ち込める人間はそういるものではありません。まして、呪印を三つめまで解放した状態の私に。さぞ修羅場をくぐってきたのでしょう」
「まあ・・・そうですね。くぐった修羅場の数だけは自慢できますね。それ以外に自慢すべきもののない人生ですが、ここで剣帝と呼ばれるあなたと打ち合えるようになったことだけでも、多少は誇っていいでしょうか。もっとも、それにすら何の意味もありませんが」
「何の意味もないと? これは傷つきます。私も剣帝と呼ばれるのは確かに望まぬ名声ではありましたが、それでも剣には磨きをかけてきたつもりです。それに価値なしと言われるのはさすがに傷つきますね」
「ああ、誤解をさせてしまいましたね。意味がないというのは私の人生の目標にとって意味がないというだけで、あなたに対する勝ち負けそのものに意味がないのです。もっと言えば、私は誰に対する勝ち負けにも意味が見いだせない」
「おかしなことを言う方です。ならばなぜ、それほどの実力を備えていますか?」
「千年以上も全力の殺し合いをしていれば、元が普通の人間でも殺し合いに特化するでしょう」
「何を言っているのです? それはどういう――」
「そこまでだ、リシー。口では意味がないと言いつつも、少々舞い上がっているんじゃないのか?」
割って入ったのはテトラスティン。彼は地面の下に降りていくアノーマリーにちらりと目配せをすると、その場を受け持つ意志を示した。同時にアノーマリーは傷ついたセカンドにも撤退するように命令すると、傷つきながらも命令に従ってその場を離れた。セカンドがいなくなった後、部屋中に張り巡らされた血管の拍動も収まっていった。
そして無言でテトラスティンがテトラポリシュカの方を見つめると、彼女もその場をゆっくりと後にした。余計な会話ややりとりは不要だった。テトラポリシュカにすれば九死に一生。そしてテトラスティンにすれば、まるで興味のない相手だった。余計なところで力を消耗するわけにはいかなかった。
テトラスティンが近づくとリシーが場を譲り、いつもの彼らの立ち位置になった。
「さて、待たせてすまなかった。ここからは二人で戦わせてもらおうか、ティタニア」
「堂々と二体一を宣言するとは。男子として恥はないのですか」
「ないね。そもそも私は戦士ではないし、戦いにおける矜持などという陳腐なものは持ち合わせていない。私にとっては勝利が全て。もっと言えば、目的が全てだ。私は目的さえ果たすことができれば、負けようが誰を失おうが一向に構わん」
「たとえそれが背後のリシーでも?」
「「望むところだ」」
二人の声が調和したので、奇妙な感覚をティタニアは覚えた。テトラスティン、リシー。この二人は間違いなく互いを信頼し合っており、深い協力関係にある。だが、その在り様が非常に歪んでいる。今まで見た、誰よりも歪んでいると思ったのだ。
そしてあろうことか、ティタニアは自分の背筋に悪寒が走るのを感じた。何年ぶりに出来事か。それは遥か彼方、まだ自らが未熟な頃に大魔王と出会った時の、その体験に似ていた。
続く
次回投稿は6/3(水)20:00です。




