封印されしもの、その76~テトラポリシュカ⑱~
「(あんな思い――あんな思いだと!? そうだ、私は二度と後悔せぬために戦って、そして――)」
テトラポリシュカの視界が一息に明瞭になった。目の前には残骸と化した部屋、そしてセカンドと名乗った敵の一部。戦いの途中までは覚えている。相手に油断していたとは思わないが、紛れもない強敵だった。
まず質量そのものが巨大。地下であるため強大な呪文が憚られるこの場所において、セカンド程の巨大質量を倒す手段が限られる。テトラポリシュカは生き埋めにならないために近接戦闘を当然のように選択したが、セカンドが選択したのは巨体に似合わず、一撃離脱の中距離戦であった。
セカンドの攻撃は、自らの体内で製作した武器を矢のように打ちだすこと。そしてこの工房そのものを本体とするセカンドは、出現も自由自在。テトラポリシュカは体の硬度を最大にすることでティランの攻撃を防ごうとしたが、ティランの打ち出す武器の方が威力が上であったことに驚いた。
「さっきの武器・・・大戦期に似たようなものを見たことがあるな。人間どもの作った高名な武器・・・いや、その複製というところか。厄介な」
テトラポリシュカの予想は当たっていた。しかも数に制限がない。打ち出した武器はいつの間にか回収され、ほぼ一方的な攻勢が展開された。テトラポリシュカは隙を見つけんと動き回ったのだが、連戦の疲労が祟ったのか、ついに不覚を取って囚われていたのである。
目を覚ましたテトラポリシュカの目の前には、セカンドの目玉があった。
「こういう時は・・・そうだ、『おはよう』というのだったか。おはよう、テトラポリシュカ」
「・・・妙に礼儀正しい奴だが、人を拘束しておいてそれはないだろう」
「違うのか? 他人と接するというのは難しいな」
セカンドが少々困ったような目つきをしたが、妙に人間臭いこの魔物の対処にテトラポリシュカも困っている。
「本来そう難しいものでもないがな。要は慣れだ」
「そのようなものか」
「そんだ。で、私を捕えてどうするつもりだ。まさか変なことをするつもりじゃないだろうな。こう見えて人妻なものでな、お誘いは遠慮させてもらいたいのだが」
「? 何を言っているのか理解に苦しむ。もう少しわかりやすく言ってほしい」
「あー・・・いや、私が悪かった。冗談だ、忘れてくれ」
「そうはいかない。理解できないことがあるのは困る。後学のために、さあ」
セカンドの目が興味津々なのを見て、テトラポリシュカはこの魔物のことを理解し始めた。自我を持ってはいるが、それはおそらくごく最近のこと。あるいは、発生からさほど時間が経っていないか。学習意欲が高く、それは戦闘においても同じ。強大な力を持ち合わせた、生まれついたばかりの子どものようなものだ。放っておけば、さらなる脅威になることが予想される。
倒すなら今なのだろう。少し寝たせいか体力は戻りつつあるが、隙を見つけなくてはいけない。テトラポリシュカは周囲の様子を伺うが、改めて見るとそこは奇妙な空間であった。
先ほどの場所からはいつの間にか移動していたらしい。壁は変わらず血管のように脈打っているが、その密度が違う。先ほどまでの部屋と違い、整然と並べられたその部屋は一定の調和を保っており、魔術的か、あるいは何らかの理論的要素を持っていることがわかる。そしてセカンドの目玉の背後には、多くの管につながれた巨人が一体。この大地に住む巨人族よりは頭一つほど大きいだろうか。布の腰巻だけを身に着けたその見事な体躯の巨人は、静かに寝息を立てていた。
そして、その前には石板に向かって何かの作業の没頭している小人が一人。テトラポリシュカに興味はないのか、あるいは何かに追い詰められているのか。その小人は凄まじい速さで作業をこなし、石板には文字が浮いたり消えたりしながら、何らかの魔術を行使しているように見える。テトラポリシュカからはその背中しか見えないが、先ほどのアノーマリーであることは一目で気付いた。だが先ほどまでとはまるで存在感が違う。その威圧感は、セカンドよりも巨人よりも数段上であるかのように感じられた。
「(これは・・・まずいな。まさかこれほどの相手がこの大地にいるとは思わなかった。もう出し惜しみしているような場合ではないかもしれない。アルフィリースたちも危険な目に遭うかもしれないが、ここで全力を出して仕留めてしまうか・・・)」
「ちょっと待ってくれないか、テトラポリシュカ。話がしたいんだ。氷竜を倒してくれたお礼に、ちょっとした提案をしたい」
テトラポリシュカの内心を察したようにアノーマリーが手を止めると、くるりと振り向いた。その顔貌は変わらず醜かったが、目の光は一際鋭く、思わずテトラポリシュカが軽くのけ反るほどだった。先ほどまでの軽薄な様子はなりを潜め、むしろ知性的で野望に燃えているとさえ思える。
テトラポリシュカはこのような目をした者が、どういった類の道を歩むのか知っている。それは、独裁者の目。多くは自らの野望のために他人を踏みにじり、そして周りを巻き込んで破滅するのだ。テトラポリシュカにとっての問題は、踏みにじられるのが自分たちであるということだった。
「提案だと? 今更か」
「遅くはないさ。まだ、ね」
「命乞いをしろとでも?」
「うーん、残念ながら違う。いや、別に君の命を欲しいってわけじゃないけど、結論、死ぬとは思う。というか、ボクは研究の対象を逃がしたことは一度もない。そして最後まで活用しないほど愚かでもない。もったいないからね。残念ながら、君を逃がすつもりはない。だから君は死ぬと思っておいてくれ」
底冷えのする声だった。アノーマリーがテトラポリシュカの命を、生き物としての尊厳になんら重きを置いていないのは確実だ。残酷な者、無慈悲な者をテトラポリシュカは何人も見たことがあるが、アノーマリーのように命そのものを見ようともしない者は初めての経験だ。それは、家畜を見る時の目よりももっと機械的で無機質だった。
アノーマリーは続ける。
「取引をしたいのは、君に自発的に協力してほしいからだ。君ほどの素体、ただ研究に使い潰すには惜しい。いや、使い潰してもいいのだけど、それでは十分な情報を得ることができない。使ったのに結果が伴わないのは本末転倒さ。より確実な成果を得るために、ボクは君の協力を欲している。ここまではいいかな?」
「回りくどいぞ、要件を述べろ」
「では単刀直入に。君さ、ちょっとセカンドの子どもを産んでくれないか?」
続く
次回投稿は5/30(土)20:00です。




