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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その75~テトラポリシュカ⑰~

***


 ああ、これは夢だとわかっている。この光景は遥か昔に終わったはずの光景だから。もうどんなにあがいてもこの時ほどの高揚感を得ることはないが、仮に時を遡れるならこの時の自分に言ってやりたい。どうして絶望しかないとわかっていたのに、戦うことをやめなかったのか。

 だがその理由を、昔も今もわかっていた。自分は戦わずにはいられない生き物なのだ。愛する人と平穏な暮らしを得ても、それは抜け殻が時を無為に過ごしているだけで、決して満たされはしないのだと。

 かつての自分に告げてやりたい。自分が求めたものは、決して同時に手に入らない。だがかつての自分なら反論するだろう。ならば、どうして戦いの高揚感を知るほどに戦い続けたのだと。

 正面には無数の敵がいた。見渡す限り、敵影が占める荒野。敵はそれぞれがさして強くもない個体の集まりだったがその意気は高く、自分は内心怯えていた。仲間は十にも満たない。本当にこの数で勝てるのかと、不安を表面に出さないことで精一杯だった。

 だが仲間たちは一様に不敵に微笑んでいた。中には、誰が最も多く敵を倒すのか競争しようと持ち掛ける不埒な輩までいる。だがその賭けは無意味だと、彼女は気付いていた。だって、先頭に立つ女に誰も適うはずはないのだから。

 敵影を高台から見下ろしながら、女は不敵に笑って告げた。


「(雑魚ばかりがよくも雁首そろえたものだ。だがこれだけいると夕餉に間に合うかどうか、ちと不安だな)」


 その言葉に同調するように、仲間たちが笑う。女はまだその笑いに加わることはできなかったが、心が落ち着くのを感じていた。今日が女にとって、彼らとの初陣である。一族を率いるために、自分の力が足りぬのは百も承知。だが、彼らといることで自分に足りない何かを掴めるとそう思っていた。特に、先頭を走る『教官』と皆から呼ばれる女からは、全てを教わりたいとすら思えるのだ。

 おそらくは何種かの混血だろうが、あまりに浮世離れした鮮烈なまでの美貌。そして思わず目を背けたくなるほどの残虐性と、芸術的なまでの戦闘技術。何をどうすればここまでの領域に至るのかと、今でも女は不思議でしょうがない。


「(さて。お前たちも知っての通り、私は腹が減ると機嫌が悪い。さっさと終わらせたいところだが、何かご褒美がないと自堕落な貴様らは頑張りもしないだろうな?)」


 全員が無言でにたりと笑い、その問いかけに同調する。


「(ならば、最も敵を多く倒した者には、私が制限をつけて戦ってやろう。そうだな・・・私は手を使わず立ち会うとしよう。さて、この条件でどうかな?)」


 その場にいた者が全員頷いた。普通なら断るところだ。手を封じたままの立ち合いなど、誇りが許すはずもない。だがこの女に限っては、誰も見栄など張りはしないのか。素直に頷くと、我先とばかりに敵軍に向けて突っ込んでいった。血煙が立ち上り、悲鳴と戦いの歓声が聞こえるころ、先頭にいた女は出遅れた彼女の方を振り返って告げた。


「(どうした、臆したか新入り)」


 彼女は必死で首を振った。女の笑みは試すように、奇異なものを見るように。だが、決して嘲ってはいなかった。

 彼女は答えに窮した。恐ろしかったのだ。ただ、この女に興味を持たれなくなることが。必死で彼女は言葉を探し、そしてこう言った。


「(・・・今なら貴女に挑むことができる。他の誰をも差し置いて)」


 その言葉がよほど意外だったのか。女は目を丸くし、そしてしばしの間をおいて心底楽しそうに笑っていた。


「(面白い奴だ、お前は。てんで弱い奴だと思っていたが、連れてきた私の勘に狂いはなかった。力はそうでなくとも、知恵は回る。そして状況に流されぬだけの冷静さもある。もっとも、ただ頭が回らぬだけかもしれぬが・・・案外と、お前のような奴が一番生き延びて、幸せになるのかもな)」

「(幸せ、とは?)」

「(幸せの意味を問うか、不遜な奴め。それこそ、私に勝てたら教えてやろう。加減無しの私にな)」


 そう告げられ、彼女たちは絶望的に見える戦場をそっちのけに、二人で戦いを繰り広げていた。ただ、戦いと言うにはあまりに一方的で、彼女がこれから百回以上も負ける相手との、記念すべき二戦目となったのだ。


***


「う・・・あ?」


 テトラポリシュカはゆっくりと目を覚ました。随分と幸せな夢を見ていた気がする。愛すべき夫との時間でもなく、また何より大切な我が子との時間でもなく、ずっともっと前の、まだ青臭い原始的な悦び。

 おそらくは、テトラポリシュカにとってそれは青春と呼べる時代。その後大いなる挫折と絶望を味わい、小さな幸せにたどり着いた。

 結局、教官と呼んでいた女性は何も語ってくれなかった。だが、仲間に言わせれば自分は非常に可愛がられていたのだという。全くそんな記憶はないのが、一体どういうことかと問いただしても皆苦笑するばかりで、誰も答えてはくれなかった。

 当時は歯がゆい思いもしたものだが、今ではなんとなく彼らの言いたいことや、教官の伝えたいこともわかるようになったかもしれない。ひょっとすると、ただの気のせいかもしれないが。


「(ああ、そうだ・・・ウィクトリエと旦那殿にこの気持ちを伝えないと・・・せっかく私は生き恥を晒してまで幸せにしがみついて・・・皆死んだというのに、私だけ・・・もうあんな思いは――)」


 テトラポリシュカの意識が混濁しかけて、そして一族ほとんど全てを失った時のことに記憶が遡った時、テトラポリシュカは突如として覚醒した。



続く

次回投稿は5/28(木)20:00です。

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