封印されしもの、その73~魔王の棲家⑧~
「アルフィ、私も同じ印象と恐れを覚える。これは・・・竜に対する畏敬か?」
「真竜が覚える畏敬って、何よ」
「それがわかれば苦労はしない」
だがラキアの懸念はすぐに具体的な形を持ってアルフィリース達の前に現れる。エメラルドとヤオが思わず飛びのいた場所に、一際大きなヘカトンケイルが襲い掛かってきた。三人の娘がなぎ倒したヘカトンケイルが、砕けた残骸となって宙に舞う。今までとは違い禍々しく鋭角な曲線を描いた鎧を着ているヘカトンケイルに、場の雰囲気が変わった。
だがドロシーだけは先手必勝、即座に剣を打ち込んでいた。ドロシーは本能で、虚を突くということを知っていた。
「だりゃあ!」
農作業を生まれてからこのかたずっと行ってきたドロシーは大柄で、並の男子よりは膂力に優れている。ヘカトンケイルとも早々当たり負けはしないのだが、新しく現れたヘカトンケイルはドロシーを煩わしそうに、容易く片手で払いのけてみせた。
ドロシーは宙で後方に一回転すると同時に、アルフィリースのところまで後退する。
「ありゃあ、こりゃ強えのがきたっぺな」
「ふん、同じことだ。鎧の隙間を突くか、掌打で壊せばよい」
「それはどうかな? 鎧に隙間がなさそうだ」
ニアの冷静な指摘通り、今度のヘカトンケイルは鎧に隙間がなかった。普通鎧を着こむ時は体が回るようにするため、鎧の継ぎ目があり、そこは鎖帷子などで補強されるのだが、今度のヘカトンケイルは本当に全身鎧だったのである。どこからこの鎧を着こんだというのか。
だが疑問に答えたのは、ほかならぬそのヘカトンケイルだった。
「不思議そうな顔をしているな? さもありなん。この鎧は特殊でな。鎧の典性、延性に非常に優れており、我々の筋肉や皮膚そのものと言い換えても良い。つまるところ、鎧そのものが我々だと考えていただいて結構」
「しゃべった?」
「おかしいか? 中には我々のように知性を持つ個体もいるのだ。父上には、あまり好かれてはいないがな。どうやら馬鹿の方がお気に召すらしい」
「父上・・・アノーマリーか」
「いかにも」
ヘカトンケイルは地面に突き刺さった剣を抜くと、その場で一振りして土を払った。その背後から、次々と同じようなヘカトンケイルが出現した。
「私はドライツェンと呼ばれていた。我々は研究過程で生まれた特殊なヘカトンケイル。父上に代わって局地戦で指揮を執るように、知性を持った個体だ。研究過程からすれば、四世代目のヘカトンケイルに当たる」
「だけど、世代名が『バーサーカー』ってのが笑えるよな。新型の魔王と同時期に作られたからって、まとめて名前をつけるなんて、そりゃあねぇぜ父上様って文句を言ったんだが、あの人にセンスの欠片も求める方が間違っているかもな」
「そうそう。父上って、性格破綻者だからね~。僕たちの名前なんてどうでもいいって面と向かって言わなくても。だって、僕だってエルフとしか呼ばれてないからね」
「有象無象の連中よりもましだ、名を呼ばれることがあるだけな。多くは盾として使用され、痕跡すら残らん」
「痕跡すら残らないのは僕達だって一緒でしょ? それにどうせここで使い捨てだよ。聞けばティタニアとかいう、とっても強い人が攻めてきているらしいじゃないか。命運尽きたね。はあ~、短い人生だった」
闇から現れるバーサーカーと名乗るヘカトンケイル達。彼らの鎧姿は様々だが、共通するのは彼らの放つ殺気が非常に強く、さらに自我を明確に持った個体ということだった。だが、その性格にはどこかしら愛嬌を感じないでもない。
同時に、今までにない『個性』を持った敵の登場に、アルフィリースは警戒をしていた。
「命運尽きたと言ってくれるなら、さっさとやられてくれるか、素直にここを通してくれないかしら。そうすれば私たちもあなたたちも、余計な手間を取らなくて済むと思うわ」
「確かに合理的だ。でも逆に聞くけど、もし今この瞬間が人生で一番輝いているとしたら、君たちならどうする? どんな絶望的な状況であろうと、必死で頑張るよね? 僕たちは今、そんな気分なんだ。それに引き返したら、ここの工房の主であるセカンドに始末されるだろう。それは最低の死に方だね」
「セカンド?」
「父上が作った魔王の中でも、最高傑作のひとつだ。耐久力、戦闘力共に桁違い。それに自身が武器を作るための工房として機能している。奴の体内で作られた武器や鎧を僕たちは装着しているのさ。
それもただの武器じゃない。史実に残る様な伝説級の武器を解析し、その複製を作成することができる。たとえば、こっちのデカいのが今持っている大剣は、魔剣グラムの複製。素材は少々違うようだが、竜種に特別に効果を発揮するという特性までを複製するのがセカンドの恐ろしいところだ。奴がいる限り、オーランゼブルの戦力は増え続けるだろう。捕獲したオークやゴブリンたちを使役する時に、強力な武器を持たせ放題だからね」
「どうしてそんなことを教える?」
「だって、つまらないじゃないか。僕たちに勝つことができたなら、是非とも君達には生き残ってもらいたい。勝者も敗者も全部死んでしまっては、僕たちが生きた痕跡というものが全く残らないからね。語り継ぐのは、勝者の義務だ」
ヘカトンケイルたちの語る口調は淡々としていたが、その言葉にはなぜか真実味があった。アルフィリースたちも誰も笑うことなく、彼らの言葉をただ聞いていた。
続く
次回投稿は、5/24(日)20:00です。




