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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その72~魔王の棲家⑦~

「次、ヤオ。行けるか?」

「問題ない。二人の戦いを見て、特徴はわかった」


 ヤオはヘカトンケイルの攻撃を難なくかわすと、ひらりと飛んで兜の上から掌底で衝撃を垂直に送り込んだ。すると骨の砕ける鈍い音がして、ヘカトンケイルはその場に崩れ落ちた。


「ふむ、骨格の構造もほぼ人間と同じ。これなら壊すのは簡単だな」


 獣人はそもそも、鉄で身を固めた人間を相手に戦う技術を持っている。牙や爪が人間の武器よりも鋭ければ苦労しないが、必ずしもそうとは限らない場合を想定し、獣人たちは鉄を着込んだ相手に戦う体術を訓練していた。主に、掌打による内臓破壊技と関節技である。

 ヤオは素早い戦いを信条としていたため疎遠となっていた技術たが、ニアとの立ち合い以降、積極的にこの体術を学んでいた。その才能から習熟は非常に早く、既にヘカトンケイルを圧倒できるほどの実力を備えている。

 ヤオが廊下を所狭しと飛び回りながら、すれ違いざまにヘカトンケイルを一人ずつ確実に仕留めていく。驚くべきは、ヤオは一度も後退することなく、前進を続けながらすれ違いざまにヘカトンケイルを仕留めているのだ。立ったまますれ違いざまにヘカトンケイルの全身の骨を折っていくその姿は、まさに圧巻であった。


「さすがヤオ、未来の獣将候補だけあるな!」

「見事な捌きだ」

「あるふぃ、わたしもやーてぃ?(やってもいい?)」

「エメラルド?」


 感心する獣人達の横で、エメラルドが目をキラキラさせながら名乗り出た。アルフィリースは一瞬躊躇したが、エメラルドを遊ばせるわけにもいかない。彼女は歌手バードとして全員の不満や疲れを癒すという役割もあるが、元来は戦士なのだ。

 アルフィリースが許可すると、エメラルドは顔を輝かせて剣を抜いた。


「わたし、やくにたつ!」


 エメラルドはヤオが戦っているその最中に突撃していった。普段のエメラルドからは予想もできないほどの素早い動きに、全員が止める暇もなくあっと思った。

 エメラルドの剣は一閃、ヤオに振り下ろされかけたヘカトンケイルの剣を持った右手首の鎧の隙間を正確に貫き、またヤオの胴回し回転蹴りを邪魔しない角度で命中していた。一連の動きに割って入ったエメラルドの見事な剣技にヤオも目を見開く。


「やお、いーしょにたたかう!」

「・・・いいでしょう。ついてきてください」

「やー! わたしがりーど!」


 エメラルドの思わぬ自己主張だったが、ヤオが返事をする前に既にエメラルドは動いていた。素早い連続突きが、あっという間にヘカトンケイルの鎧の隙間に滑り込む。エメラルドに突かれたヘカトンケイルは糸の切れた人形のように、その場に倒れ伏した。


「どーだ!」

「む、素直に驚きました。お見事です」

「えへん!」


 ヤオが賛辞の言葉を贈るとエメラルドは胸を張ったが、驚いたのは他の仲間も同様だ。エメラルドが剣を使うことは知っていたが、まさかそこまで見事な剣を使うとは思っていなかったのだ。一人冷静なのは、彼女をよく知るインパルス。


「あの子は優しいからね。それに元が狩猟民族だから、必要のない戦いは一切したがらない。たいていの敵は他の仲間でなんとでもなるし、食べられない敵は基本的に殺さないのがエメラルドの考え方だ。それに、アルネリアでは食糧は売っているからね。

 だけど今度の敵はそもそもが、生命の起源として間違っている。エメラルドはそのあたり非常に敏感だから、敵の異常性を察知しているんだろう。彼らは存在すべきではないと、エメラルドは思っているはずだ。一度こうと決めたら、容赦ないよ?」


 エメラルドは余裕の表情でエメラルドを見ていた。そもそも彼女がどうしてエメラルドを託されたのか。それは彼女がハルピュイアとして半端だというだけではなく、狩人として里でも有数の使い手であるからに他ならない。そして戦いが嫌いな彼女は、ほとんど剣を握って練習なるものをしたことがない。

 ほとんど誰も知らないことだが、エメラルドは剣の天才であり、他の人の訓練を見てさえいれば、だいたいのことはできてしまうのである。

 そして、もう一人自覚のない天才がいる。いや、能力に目覚め始めたというべきか。


「おお! みんな派手にやるっぺな。おらも負けてらんねぇべ!」


 剣を片手に走り出したのはドロシー。小さなことを気にしないおおらかなドロシーと、エメラルドは非常に仲が良い。実は、剣の稽古も時に同じくすることがある。ドロシーはエメラルドの剣筋を見て取ると、そのうちの一つに滑るように割り込んだ。


「エメラルド! 援護するべ!」

「どろしー! いいよ!」

「私がいることを忘れていないか?」


 ヤオ、エメラルド、ドロシーの三人の共闘で、新たに湧いたヘカトンケイルの群れが次々となぎ倒されていく。その光景を、多くの仲間はただ見守るだけだった。特に、新入団員であるヴァントやフローレンシアは目を丸くしていた。


「豪傑が多いとは思っていたが、これはすごい」

「ああ、世の中は広いな。この傭兵団にいれば、まだまだ強くなれそうだ」


 だが順調に見えたかに思っていたその場で、突如としてリサとイルマタルが警鐘を発した。


「アルフィ、何かよくないものが来ます。しかも大勢」

「ママ、背筋がぞわぞわするよ」


 イルマタルの怯える顔に、困惑を覚えるアルフィリース。いかなる危機でもアルフィリースの傍にいれば怯えることのないイルマタルなのに、怯えていた。さらにもう一人、ラキアも。



続く

次回投稿は、5/23(土)18:00です。

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