封印されしもの、その71~魔王の棲家⑥~
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「待って、アルフィ。急ぎ過ぎです」
「いいえ、待ってはいられないわ。間違いなくテトラポリシュカが中では危機に遭っている。助けないと」
リサの制止も聞かず、アルフィリースはアノーマリーの工房の中に押し入ろうとする。アノーマリーとの交渉はうやむやのまま終わったが、最初からアルフィリースにはアノーマリーとの約束を律儀に守るつもりはさらさらなかった。聞けるだけの情報を聞き出したら、隙を見てテトラポリシュカを救出するつもりだったのだ。
ただ、そのきっかけをどうするかが問題だったのだが、ティタニアの乱入により機会を得た。アルフィリースは今が好機とばかりにアノーマリーの工房に押し入ろうとしている。
その行動の早さに多くの仲間は慌てつつも団長たるアルフィリースの行動に従ったが、何人かの団員はアルフィリースを止めに入った。最初はリサ。続いてラインであった。
「待て、アルフィリース。本当にいいのか?」
「何よ、仲間を助けるなとでも言うつもり?」
「テトラポリシュカはまだ仲間じゃない。テトラポリシュカは、お前が――俺たち全員が命を賭けるのに足る者か?」
ラインの問いかけにウィクトリエが壮絶な怒りの表情を出しかけたが、アルフィリースがその前に立つことで彼女の表情を咄嗟に隠した。
「ええ、十分に」
「なぜ」
「私の本能が助けるべきだと告げるわ、理由なんてそれで十分。もちろん強制じゃないから、私についてきたくない者はここに残ってもらって結構よ」
「・・・わかってて言ってるだろ、お前。残っても十分危険だぞ」
ラインがぼりぼりと頭をかいたが、彼はしょうがないとでも言わんばかりに、アルフィリースの行かんとする先に足を向けた。
「なら露払いは俺がする。まだ何があるかわからんが、俺はお前に付き合う責任があるからな」
「いいの? 残った仲間をまとめるっていう役目もあるわ」
「そういうのは周りの連中の表情を見てから言うんだな。誰もここに残りやしねぇよ」
アルフィリースが仲間を振り返ると、周囲はアルフィリースの顔を見て頷いたのである。
アルフィリースは微笑んだ。
「ありがとう、みんな」
「隊列を組め、お前ら。この先はかなり狭そうだからな。先頭は俺とルナティカ、ヤオでやる。その次にリサを配置し、罠に備える。リサの護衛は魔女達で頼む。ダロンは悪いが殿だ。狭い道でお前がつっかえた時に困るからな」
団員達から少しだけ笑いが起こり、速やかにアルフィリースたちは隊列を整えると、アノーマリーの工房に入っていった。その途中、リサとルナティカがそっとアルフィリースの傍に寄ってひそひそと耳打ちした。
「アルフィ、言っておきたいことがある」
「何、ルナティカ」
「斥候に出しておいたレイヤーが先に進んでいる。この大地に入ってから連絡が取れなかったが、どうやら無事」
「やはり。あの子、普通じゃないわね」
「特に最近そう思う。なんとか彼と連絡を取りたいのだが、単独行動できないか」
「・・・隊を分けることにはあまり賛成できないわ。彼の無事を祈るわけにはいかないかしら」
「我々が行こう」
申し出たのはオロロンである。彼は耳も相当良いらしい。
「我々は彼としばらく行動を共にしていた。そちらにも何らかの事情があるようだからな、我々が行った方がよいだろう」
「いいの?」
「ああ、元々は我々の戦いでもある。人間の少年一人に先を越されるわけにもいかん。それに、少々気になることもあるしな」
「気になること?」
「氷竜の長が見当たらん。もしかすると、この中にいるのかもしれない。探してみたいと思う」
「わかった。無事を祈るわ」
「そちらもな」
簡単な挨拶だけ告げると、幻獣たちはアルフィリース達と分岐で別行動をとった。そしてリサがそっと告げる。
「しかし、本当によいのですか、アルフィ。ラインの言うことにも一理あります」
「そうね、私もそう思うわ。安全だけ取るなら、ここは逃げるのが正解ね」
「なら、なぜ」
「この後のことを考えたのよ。ラインは反対するふりをして、その実最初から私の意見を支持してくれているわ。悔しいけど、あいつは私のやりたいことをよく理解してくれている」
「?」
「テトラポリシュカが本当に仲間になるかどうかは、そこまで問題じゃないのよ。問題は私の人としての姿勢。そういうことよ」
リサはなんとなくアルフィリースの言いたいことがわかったような気もしたが、思索を練る時間は十分に取れなかった。先頭を行くラインが敵に遭遇したのだ。
「来やがった。ヘカトンケイルか」
「厄介な。この狭い通路じゃやり過ごすことも、集団で叩くこともできやしない」
「そのための俺だ。何のために先頭に立ったと思っている。やるぞ、ダンサー」
「(心得ている!)」
ラインはためらわずダンススレイブの力を解放した。ここで時間をかければ、どのような危機に陥るかわからない。ラインはダンススレイブを解放すると、一気にヘカトンケイルたちを押し込み、その数を減らしていった。いかに狭いとはいえ、ダンススレイブを振るうラインに勝てる個体は、ヘカトンケイルには存在しなかった。
そしてラインが10体ほど切り飛ばし角を曲がると、そこには再度ヘカトンケイルの集団が出現する。そこでラインは一度ダンススレイブを解除し、ルナティカに前衛を切り替えた。
「出番だ、ルナティカ」
「了解」
ラインの目論見は体力温存以外にも、ヘカトンケイルとの戦闘経験をこの精鋭たちに積ませることにもあった。ヘカトンケイルは鎧による頑丈さと、人間の数倍の膂力が厄介ではあるが、魔術に弱いという欠点もあるし、知的な存在ではなく基本的に鈍重である。致命傷に配慮すれば、一定以上の実力を持つ者にとってさほど怖い相手ではない。
ただ、鎧の継ぎ目を正確に狙う必要があるため、得物との相性はあった。特に獣人たちはその爪や牙では、不利とも思っていたのだが。
続く
次回投稿は、5/20(水)21:00です。
 




