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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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大草原の妖精と巨獣達、その17~二体の獣~

 一面に轟音が響き渡る。ミランダは死を覚悟――いや、彼女は不死身だから死なないわけだが、それでなくとも肉体が粉々になったことは覚悟していた。だが肉体に痛みは訪れず、当たりは間もなく静寂に包まれた。女でなくとも生物であれば本能的に目を閉じているところを、ミランダは戦士としての経験からなんとかドラグレオの直撃を受ける瞬間まで目を開けていようとしたのだが、頭上で起きた出来事に、肝心の頭の方が付いて行かなかったようだ。

 ほどなくしてアルフィリースがミランダを助け起こす。ミランダはまだぼんやりしているようだ。


「今何が・・・」

「ファランクスよ」


 見ればドラグレオのいた場所には、ファランクスが戦闘態勢で仁王立ちしている。当のドラグレオは見当たらない。


「奴は?」

「遙か彼方に吹っ飛んだわ」

「ざっと小山一つ分は飛んだか」


 エアリアルが指さす方向を見ると、何かが確かに一直線に吹き飛んだように岩が削られたような跡がある。


「死んだ?」

「いや、まともにダメージすらあるまい」


 苦い顔をするファランクスの答えに一同は驚くが、認めたくない現実はドラグレオの哄笑と共に訪れる。


「ハーハッハッハッハァ! 目が覚めたぜぇぇぇぇぇええええええ!」

「チ・・・」


 ファランクスが舌打ちした。それもそのはず、ファランクスはドラグレオの不意を突いて入れた一撃だ。しかも加減無し。これが効かないとなると、打つ手が後いかほどあるのか。ここにおいてエアリアルが不安げな様子を見せ始める。


「父上、手加減を?」

「まさか。粉々にするつもりで殴ったのだが、効いていないようだな」

「そんなことが。ベヘモスを一撃で殺す父上の一撃で?」

「奴はそんなに生易しい存在ではない様だぞ」


 そうこうするうちにドラグレオが走って向かってくる。山一つ軽く飛びかねないほど、信じられない速度だった。


「俺と・・・戦えぇぇぇぇぇええええええ!」

「少し離れていろ、派手にやるぞ!?」


 迎え撃つべくファランクスも地面を後ろ足で蹴る。2人がぶつかると思われた瞬間ファランクスがドラグレオを横殴りにするが、今度は左腕でしっかりガードされた。それでも3回転は回るほど横に吹っ飛ばされるが、お構いなしに笑いながら突進を繰り返すドラグレオ。

 そこからは凄まじい殴り合いだった。いや、リーチが段違いな分ファランクスが一方的に殴っている。一撃毎に轟音と衝撃派が展開されるほどの打撃を、ドラグレオもきっちりとガードをしているようだ。もちろん一発ごとにドラグレオは後退させられるのだが、徐々に後退幅が少なくなってきた。逆に、踏み込む足がどんどん力強くなる。まるで殴られるたびに力が湧いてきているようだった。

 ファランクスの方も最初は的確に一撃ずつ放り込んでいたのだが、徐々に一方的に殴る展開から、必死でドラグレオを遠ざける展開へと向かっていた。その表情にも徐々に焦りと苛立ちが見え始める。

 そしてついにドラグレオがファランクスの一撃を堪え切った。


「!?」

「フウウウウ・・・オラァ!」


 ドラグレオの渾身の一撃がファランクスの横っ腹を捕えるが、一撃で下がる大草原の主ではない。そのままカウンターをドラグレオに入れるもこちらも堪え切った。そのまま一撃の交換し合いに発展する。

 爆発にも等しい一撃をノーガードで打ち込み合う両者。汗、唾液、血が飛び散り、その外表が見る見るうちに赤く、または黒く染まっていくがどちらも全く退く気はない。

 その凄まじい戦いを見守るしかないアルフィリース達だったが、ついにファランクスがバランスを崩した。


「チャァァアンス!」


 間髪いれずドラグレオがファランクスに深々とボディーブローを喰らわせる。思わず口から鮮血を吐き出し、後ろの壁まで吹き飛ばされるファランクス。5mを越える巨獣を人間が殴り飛ばすなんて全く非常識な光景だが、さらにドラグレオの行動は非常識極まりなかった。

 ファランクスの後ろに回り込み、尻尾を両手で抱え込む。ファランクスは一瞬ドラグレオを見失っていたようで、対応が遅れた。


「んんん・・・ファイトォォォォォォ」


 そのまま自分を中心にしてファランクスを円形に振り回す。そのスピードが徐々に上がり、ふとファランクスの体が円の軌道を離れ上に現れる。


「死ねぇえええ!」


 ふわりと時が止まったようにファランクスが空中で静止したように見えたのもつかの間、その直後には凄まじい勢いで地面に叩きつけられ、アルフィリース達の鼓膜が破れるのではないかと思うほどの轟音と衝撃派が一面に響き渡っていた。

 アルフィリース達はその凄まじい衝撃派に吹き飛ばされたが、ファランクスが叩きつけられた場所を見ると、小規模なクレーターが出来ていた。ドラグレオの凄まじい膂力りょりょくが伺え、ファランクスはぴくりともしなかった。

 そのままドラグレオがファランクスにとどめを刺そうと近づく。その時エアリアルが飛び出しかけたのを、アルフィリースが抱きついて止めた。


「放せ、アルフィ!」

「エアリー、まだよ!」


 そんなやりとりにも全く気を取られないドラグレオ。既にアルフィリース達など眼中にないのだろう。今はファランクスという最上級の獲物に完全に意識が向いてしまっている。もっともファランクスの一撃を耐えきる化け物に、エアリアルがいかほどの事ができるのか、という話でもあるのだが。

 ファランクスにドラグレオが近づくと、その目は白目を向いて――とドラグレオが認識しようとした瞬間、ファランクスの赤い瞳がギロリとドラグレオを捕え、その頭を鷲掴みにした。


「ぬおおおお!?」

「土を舐めたのは久しぶりだぞ、小僧・・・」


 ファランクスが万力以上の力でドラグレオを締め上げ、口に入った砂利を血と一緒に吐き出しながらゆっくりと起き上がる。ドラグレオもなんとか両手で振りほどこうとしたが、つかまえるファランクスの手は6本。両手も絞り上げ、全くドラグレオは身動きが出来なくなった。こうなってしまってはドラグレオにはなすすべがない。

 そのままどうするのかと思いきや、ぱっと全ての手をファランクスは放してしまった。ドラグレオは空中に放り出された形になり呆気にとられたが、目線を上にやるとファランクスが2本の手を組み合わせているのが見える。その腕には血管が浮き上がり、メキメキと筋肉が隆起している。


「ちょっとま・・・」

「待たん!」


 そのまま振り下ろされるファランクスの腕。ドラグレオも空中では姿勢を変えようがない。先ほどのドラグレオと同じく凄まじい衝撃派が周囲を襲う。いや、先ほどよりも余程強い衝撃派に、今度はアルフィリース達が完全に吹っ飛んでしまった。

 ドラグレオもクレーターを形成しながら地面に腰までめり込むが、さらにドラグレオの側面に向けてやはり両手を組んだ強烈な一撃を放つ。

 そして糸の切れた人形のように彼方まで吹き飛ぶドラグレオだが、今度はファランクスも追撃の手を緩めない。


「ヒュウウウウ・・・カッ!」


 ファランクスが深呼吸をしたかと思うと、口から大火球がドラグレオ目がけて放たれる。そして着弾と共に、凄まじい光量と熱に周囲が包まれた。まるで火山を目の前にしたかのような熱波。着弾したのははるか彼方離れているはずなのだが。推測の域をでないが、着弾地点はこの熱の比ではあるまい。あたかも小太陽のような火球であった。


「これならさすがに・・・」

「父上っ!」


 アルフィリースの手が緩んだ瞬間、放たれた矢のようにファランクスの元に駆け寄るエアリアル。その様子は両手胸の前で組み、年相応に家族の無事を心配をする少女のようだ。


「エアリアルか・・・ワシも年だな。もう息が上がってきよるわ」

「何をおっしゃいますか、さすがという他ありません。これなら奴は」

「言ったはずだぞ。奴はそんな生易しい存在ではない」

「・・・は?」


 まさかという表情でドラグレオの落下地点を見つめるエアリアル。はるか彼方ではあるが、並の人間よりはるかに目の良いエアリアルは、そこに何か動こうとする人間らしきものを確認した。


「そんなバカな!? まだ生きているだと?」

「ふぅ。エアリアルよ、緊急避難用の道筋を覚えているか?」

「それはもちろん。まさか我に逃げろと言われますか?」

「その通りだ。もちろんアルフィリース達を連れてな。ワシがあらん限りの力で足止めをしてやる」

「・・・・・・わかりました」


 エアリアルはくるりときびすを返し、アルフィリースの手をつかむと洞窟の方に案内する。


「荷物をまとめてくれ、アルフィ。すぐにここを離れる」

「ちょ、ちょっと!? もう倒したんじゃないの?」

「それはない。すぐにでも奴は戻って来る」

「そんな!? 何なのよ、アイツ!」

「あの業火の中、生きていると?」


 ニアもまた驚きを隠せない。戦闘においてはこと冷静なニアが、ややうろたえていた。


「ああ、私の目でも確認した。それに父上は『足止めをする』と言った。アイツを倒すのは・・・きっと無理なんだ」

「!?」


 アルフィリース達は絶句した。大草原で最強の魔獣が倒すのが不可能な人間が果たしているものだろうか? いや、むしろあの大男は人間なのだろうか? だが今はそんな疑問を考察する時間は無い。


「・・・わかった。エアリー、いいのね?」

「ああ」

「用を足してから、昼食を食べた場所に行くわ」

「・・・ありがとう」


 本当は用を足す余裕などあるはずがない。アルフィリースは要は別れをファランクスに告げて来いと言っているのだ。アルフィリース達が走って用意に向かったのを見ると、エアリアルも全速力でファランクスの元に走った。


「父上、父上!」

「どうした、エアリアル」

「我は・・・エアリアルは、父上と離れたくありません!」

「・・・」


 是非もなく飛びついて来たエアリアルに、ファランクスが困った顔をする。エアリアルは今にも泣きださんばかりの顔だった。


「なぜそのような顔をする・・・ワシはお前の親の仇だ、むしろいなくなればせいせいするだろうが。お前に殺されてやれんのが心残りといえば心残り」

「そんなこと! ・・・そんなことはありません。貴方は我に取って実の親以上の・・・」


 エアリアルはファランクスの背中に顔をうずめ、小刻みに震えている。ファランクスはそっとエアリアルの頭をなでてやった。


「それ以上言うな・・・お前の実の両親が悲しむ」

「そんなことはありません。きっと我の両親はわかってくれます」

「・・・もう行け。これからはお前を縛るものは何もない。風の導くまま、心の赴くままに暮せ」

「父上・・・・・・・・・わかりました」


 顔を上げたエアリアルの顔に既に涙は無い。彼女には十分に泣く時間すら許されていなかった。


「父上、ご武運を」

「うむ」


 その一言だけをかわし、既に2人は互いを見ることは無かった。エアリアルは脱出の経路を頭の中で思い描き、ファランクスの目は高笑いをしながらこちらに悠然と向かってくるドラグレオの姿をはっきりとらえていた。


「炎の海の中を悠然と歩くか、化け物め」


 ファランクスが歯ぎしりをしている。


「果たしてどれほどやれるかな・・・」


 そして示し合わせたように、ファランクスとドラグレオが同時に地面を蹴った。



続く


次回投稿は12/30(木)12:00です。

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