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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その69~戦士の覚醒⑦~

「普通の冷気じゃねぇな。さて、一体何かと言われれば心当たりはあるが――」


 メイソンは冷気との距離を一定に保ちながら進んでいた。だが、その彼の目の前の脇道から、突然冷気が押し寄せてきたのだ。挟まれる形になったメイソン。だが、彼は慌てることなく壁に手を当てた。


【土は腐り、崩れて落ちる】


 メイソンの言葉通り地面の土が一瞬で腐ると、階下の通路につながり彼は脱出した。そして冷気が押し寄せる前に、彼は元通りにその道を塞ぎ、見事冷気から逃げおおせた。


「下に通路があったことに感謝だな。だが、これではっきりした。冷気はただの罠の類じゃなく、これは意志を持った何かの攻撃だ。放置してテトラポリシュカを探してもよいが・・・」


 ミランダの言葉が思い出される。ミランダはアルフィリースを援助するために今の立場についたことをメイソンは知っている。もちろんそれはアルネリアの巡礼一番手としての務めだけではなく、彼女たちの間に絆と呼べるものが存在しているからこその行動であることも、メイソンは理解している。そしてミランダの最大の信奉者を自負するメイソンとしては、ミランダの意志は最大限尊重したい。

 仮に先のようなアルフィリースを切って捨てる発言をミランダがしたとしても、それは立場上仕方のないことで、本心ではないとメイソンは考えている。友人に死んでほしいはずがないのだ。もっともメイソンは友と呼べる者を持ったことがないので、全て想像でしかない。


「ふー・・・やっといた方がいいんだろうなぁ。面倒くせえなぁ・・・ああ、ちくしょう! 愛とはかくも闇の中を目標なく進む苦しさに似たり、信仰の道は茨の上を歩むがごとき痛みを俺に与える。だが俺の信仰はこの程度の困難で、毛先ほども歪むことはないだろう。はっ、これも試練ってやつか――やつですか」


 メイソンは眼鏡を直し自らを律するように叫ぶと、冷気の元を辿るために行動を起こしていた。


***


「やあティタニア、気分はどうだい?」

「・・・良いとは言い難いな。ぬるま湯は好きではない、湯は熱いに限る」

「ははっ、ご期待には沿えそうにもない。ごめんよ」


 ピートフロートが素直に謝ったが、それも仕方のないことだった。ティタニアはピートフロートが連れて行った闇の中に囚われていた。だが身動きがまるでできないかと問われれば、そうでもない。ある程度体勢を直すことは可能だし、どうなっているのか理屈はわからないが、息ができないわけでもなければ、目の前にいるピートフロートの姿も見える。

 だが周囲はぶよぶよとした泥に覆われ、しかも人肌のような温度に保たれているのが、逆に心地悪かい。無機質な温度が体の周囲をずるずると動くたび、ティタニアは不快感を覚えずにはいられなかった。まるで巨大な軟体生物の中にいるようだった。

 そして時間の感覚も、上下の感覚もここにない。おそらくは長時間この場所に幽閉されれば、精神が参ってしまうだろう。ここは体感で感じるよりも、はるかに恐ろしい牢獄であることをティタニアは悟っていた。


「私をどうするつもりだ?」

「別に、どうも? 最初に言った通り、君があの場所で暴れるのがまずいと思ったから連れてきただけだ。他意はないよ」

「嘘をつけ。他意はあるだろう」

「まあ、都合の良い時に君を解き放って、私の意図する相手と戦わせたくはあるけどね。その黒い剣がある限り、それも難しいだろうなぁ。かといって奪える類の剣でもなさそうだし」


 ピートフロートはどうしたものかと悩んでいるように見せて、口調はそれほど深刻にも考えていないようだ。その様子を見て、ティタニアもピートフロートが何を考えているのかいまいちよくわからず、不可解な思いを抱える羽目になっていた。


「よくわからぬ。お前は一体何がしたい?」

「自分が何をしたいかなんて理解している者は、この世にごく一部だ。君のように生まれつき使命を与えられるわけではないんだよ、ティタニア」

「問答をする気はないが、確かにそうかもしれない。だが私の知る限り、貴様は発生から早々に上位精霊になり、その後魔王として活動し、その活動が見咎められ、罰として真竜の元で使役されることとなったと聞いた。ならば、これは真竜の意志になるのか?」

「いや、私の主は私以上に勝手でね。今頃どこで何をしているのやら。突如として連絡が取れなくなったのさ。まあ――直前に私がしていたことを考えれば、オーランゼブルが何かした可能性が高いけど、そちらこそ何か知らないのかい?」

「さて、お師匠の考えることは私も知らされないことが多くてな。私はただ与えられた任務を遂行するのみ」

「・・・哀れだね、ティタニア」


 軽い口調を止め、ティタニアを憐れむようなピートフロートの目に、ティタニアが不快を露わにした。


「やめろ、精霊。貴様に憐れまれる謂れはない」

「いや、君は哀れだよ。本来なら君は剣の奉じ手として勇者と出会い、魔王征伐の手伝いをする美しい女性であったはずだ。それが不慮の事故――かどうかはあえて伏せるが、なまじ剣を振るう才能があったばかりに戦いに赴くことになり、そして女性としての自分は捨て、戦いに没頭するあまりに剣帝という望まぬ呼び名まで付けられるようになった。

 何をもって不幸と断じるかは人それぞれだけど、もうちょっと君たち剣を奉じる一族は報いられていてもよかったかもしれない」

「――所詮、過ぎたことだ」


 ティタニアは珍しく、ピートフロートの視線から目を逸らした。さすがに心に影を落とすものがあったのか、あるいは懐郷か。ティタニアの表情が陰ったのは明らかだった。

 そしてピートフロートはなお、語るのを止めなかった。どうして語る気になったのかはわからない。ティタニアをこの空間に閉じ込めておくなら、会話をする必要はなかったのだが、その非業の運命に同情したのか、あるいはただのおしゃべりなのか。ピートフロートは余計な言葉を吐いてしまったのだ。


「いや・・・まだ過ぎたことではないのかもしれない」

「・・・どういうことだ?」

「ああ、そうか。君はまだ当時幼かったから知らなかったんだね。剣を奉じる一族において、どうして君たちの家族だけが遠征という名目で外の世界を回る羽目になったのかを。そして、それほどまでに重要な役割だったにもかかわらず、どうして里は何の援助もしてくれなかったのかと。それはね――」


 ピートフロートが語った言葉は紛れもなく真実だった。彼は闇の精霊として、世界のあらゆる事情に通じていた。光ある世界に、影のない場所は存在しない。しかして、ピートフロートは世界の誰も知らぬ秘密を知ることも可能だった。もちろん、全てを知っているわけではないが、ティタニアの一件はたまたま興味を持って調べたことがあったのだ。

 そしてピートフロートが真実を語り終えた時、ティタニアの目は驚愕に見開かれ、しばし誰の声も聞こえていないようだった。ピートフロートがティタニアの反応が戻るまで待っていたが、すぐにそれは後悔に変わる。ティタニアからは、闇すら自ら逃げていくほどの殺気がほとばしり始めたのだ。



続く

次回投稿は、5/16(土)21:00です。

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