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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その66~予想外の遭遇~

 途中、何度かヘカトンケイルの見張りと遭遇したが、ヘカトンケイルの認識範囲はレイヤーも既に把握している。彼らが反応する暇もなくヘカトンケイルを仕留め、その死骸を捨ておいた。時間が経てば鎧の残骸が見つかるだろうが、ヘカトンケイルごときにはもはや手こずる気もしない。レイヤーは奥へ奥へと、工房を進んでいた。

 気配はなく妙に順調なことに不気味さを覚えていた刹那、突如としてレイヤーは横から声をかけられた。油断なく飛びのくと、着地した時にはその相手を認識する。その場には、茶色のローブを着た少年のような魔術士と、傍には忍びのような黒装束に身を包んだ女性が立っていたのだ。

 敵意がないことはわかるが、気配の鋭さは彼らが臨戦態勢であることを示していた。レイヤーの背筋からは嫌な予感がぬぐえない。彼らの気配を感じなかったということは、おそらく魔術士。それも、かなり高位の。眼光の鋭さから察するに、どちらもよほどの死線を潜り抜けたに違いない。さらにおそらくは剣士であろう女性から感じる強者の気配は、先ほど感じたティタニアのそれと非常によく似ていた。


「誰・・・?」

「それはこちらの台詞だ、小僧。こんなところで一人、何をしている? まあこの工房にただ人が紛れ込むわけはないだろうから、アルフィリースの仲間といったところだろうが。一人で先行しているということは、斥候か」

「そんなところだ」


 レイヤーは油断なく構えたままだったが、殺気は抑えていた。自分にも敵意がないことを示すためである。事実、レイヤーの行動を見て、女の方は殺気を完全に収めていた。


「テトラ、どうやら外の事情は先ほど探った時と少し変わっているようです」

「なるほど。外でテトラポリシュカが氷竜ども相手に暴れていたのは気付いたし、外にアルネリアの巡礼らしきものや幻獣の群れが来たのは知っていたが。性悪アノーマリーの罠を突破する一番手が誰かと思えば、まさかこんな小僧とはな」

「・・・お前たちは誰だ?」


 レイヤーにも言い返したいことはいくつかあったが、その感情は抑えて聞くべきことを聞いた。目の前の相手が敵なら、相当腕が立つことは間違いない。撤退も考慮しなければいけないからだ。

 だが目の前の男女は予想外の返事をしていた。


「元魔術協会会長、テトラスティンだ。隣はリシー、私の愛妾だとでも思ってくれればいい」

「違うでしょう? それは公的な建前。本当は貴方が私の奴隷でしょう?」

「まあ愛の奴隷とでも思っておいてくれ」

「・・・ふざけてる?」


 二人のやり取りを見て呆気にとられたレイヤーを見て、テトラスティンはにやりと笑っていた。


「敵の本拠地に迷いこんだ少年の緊張をほぐしてやろうという、年長者の配慮だ。ありがたく受け取っておけ」

「余計なお世話だよ。それで、今は何をしているの?」

「いちおうアノーマリーに世話になっている身でな。奴に言われてここで時間稼ぎをするように言われているのだが・・・ちょっと悩んでいてな」

「悩む?」


 テトラスティンが困ったような何か企んでいるような表情をしたので、レイヤーが奇妙な顔をしてテトラスティンを見た。その反応をテトラスティンは面白いと思ったのか、レイヤーをからかうように笑っていたのだ。


「感情が思ったよりも表面に出る少年だな。正直は美徳だが、それでは損をするぞ?」

「ひねくれて誰にも信用されない爺よりマシでは?」

「茶化すなよ、リシー」

「・・・漫談をするなら帰っていいかな」


 レイヤーが段々と呆れ始めていたが、テトラスティンはそれもまた面白そうに笑っているだけだった。


「まあそういうな。さすがに今すぐ通してやるわけにはいかんが、四分の一刻もせずに通してやろう。そろそろ奴も命運尽きたとでもいうのか、これ以上アノーマリーの味方をしても何の得もないだろうしな。それに、私の求めているものを奴は持っていなかった」

「求めるもの?」

「こちらの話だ。なに、時間稼ぎをするのに戦えとは言われていない。それまでここで茶でも飲んで――」


 冗談を飛ばしていたテトラスティンの雰囲気が一瞬で変わる。先ほどまでとはうって変わって緊張感に漲るテトラスティンがリシーを見上げると、彼女は黙って頷き、別の通路へと姿を消していった。

 テトラスティンは真剣な表情でレイヤーを見ると、話を切りだした。先ほどまでのような茶化した雰囲気は、もうない。


「小僧、すまんがいくつか頼まれてくれるか」

「・・・要件によるよ」

「いや、是非とも頼まれてほしい。私とて出会ったばかりのお前に頼むのは気が引けるのだが、幻獣の牙で作られた剣を持つお前なら信用してもよいだろう。

 一つはお前の陣営にいるラーナとかいう魔女に伝言してくれ。お前の師匠のことは諦めろとな。正直黒の魔術士なら誰でもよかったのだが、私がアノーマリーの元に真っ先に乗り込んだ理由はフェアトゥーセの行方を探るためだ。だが既に手遅れ――できることはないとな。始末もこちらでつける。

 今一つはミリアザールにこの手紙を渡してくれ。アノーマリーの奴の見張りが思ったより厳しくてな、魔術を使った交信が思うようにできん。今も昔も確実なのは書面だな」

「ミリアザールに会えなかったらどうするのさ」

「私からの手紙と言えば、必ず会えるさ。では頼んだぞ・・・しっかり生き残れよ」


 途端、テトラスティンが風の塊をレイヤーに向けて放つ。唐突な攻撃だったが、油断なく構えていたレイヤーはその攻撃をすんでのところで躱した。

 レイヤーがきっとテトラスティンを睨む。


「何をする!」

「私はティタニアの迎撃に出る。グランディ兄弟、こいつを始末しておけ!」

「おいおい、どうして俺たちが貴様に命令されなきゃいけないんだ?」


 別の通路から巨漢の男と、鋭い目つきの男が出現した。一見して男は普通の人間に見えるのだが、その雰囲気は明らかに異質であった。ただの人間の強者がこのような気配を発することはまずない。レイヤーの感じた印象は、何か巨大な獣。そのような印象であったが、非常にまずい相手であることはすぐにわかった。

 それに、相手の容姿にレイヤーは見覚えがあった。相手もそれは同じらしく、レイヤーの姿を見て一瞬驚き、その直後に兄弟同士で顔を見合わせ、非常に面白そうにほくそ笑んだ。



続く

次回投稿は、5/10(日)21:00です。

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