封印されしもの、その64~テトラポリシュカ⑯~
「なんだこれは? 魔力が集まらない・・・いや、そもそも部屋の中に精霊のほとんどいないのか。これはいかん」
テトラポリシュカはとりあえず集まった魔力で攻撃を開始したが、やはり思うような威力が得られない。敵の一部を軽くこそぎとったくらいでほとんど有効にならず、むしろ敵を傷つけたことで逆効果なのではないかとさえ思わせるように部屋全体が打ち震えた。
そうこうするうち、壁からは腕も目も口も増え、それらが徐々に盛り上がるとおぞましき肉の隆起となり、また自らの肉の一部を投げつけてきたのだ。投げつけた肉の一部は壁を破壊し、血の噴水を作り上げた。投げつけられた肉は硬度もそうだが、速度が凄まじく、巨岩の投擲と何ら変わりないことが見て取れる。
「なるほど。部屋全体の魔力を仕切り、物理による攻撃のみで敵を粉砕する。そして投げた肉も自らの一部なわけだから、自己修復も可能と。単純な仕掛けだが、非常に無駄がなく有効な攻撃方法だ。そしてこれだけの質力を物理でどうにかするのは一苦労だな。さて、どうしたものか」
テトラポリシュカの想像通り、投げられた肉塊が傷を埋め修復する。そして斬り飛ばした腕や口も、肉壁の取り込まれて再利用されているようだった。
テトラポリシュカは小さく深呼吸して呼吸を整えると、硬度操作の魔眼を使用し、自らの体の硬度を最高の状態にしていた。そのテトラポリシュカに鋭い牙を持った口が襲い掛かったが、牙はテトラポリシュカを傷つけることなく、石を噛んだ老人のように歯を欠けさせて後退していた。
「どうやら硬度は私の方が上のようだ。ならば、傷つけるのは容易だな。さて、あとは闇雲に傷つけても無駄なわけだが・・・おい、魔獣。名前を聞いておこうか」
「・・・セカンド」
「ほう、地母神の眷属にそのような名前の者がいたが、大それた名前だな。だが能力には相応しいか」
「ちがう・・・予備という意味だ」
「どちらでもいいことだ、卑下する必要はなかろう。私はテトラポリシュカだ。覚えておくといいだろう」
「?」
セカンドの攻撃が一度止まる。ここで名乗るテトラポリシュカの行動の意味がわからなかったのか、反応に困った様子だった。
その様子を見て、テトラポリシュカがくすりと笑った。
「なんだ、名乗り合いを知らぬのか? 昔は強敵と認めれば、敵同士でも名乗り合う習慣があったものだ。人間同士に限らず、知性があり会話が成り立てば、魔物や他種族の間でも遥か昔から行われていたことだ。いつの間にか人間の騎士道の慣わしだとか言われるようになったが、それは人間の中に同じことを行った奴がいて、そいつがとても有名になったからだな。今の戦いはどうにも無作法でいかん。殺し合いの中にも、敵に対する尊厳がなくてはな」
「尊厳・・・言葉としては知っているが、意味がわからない。父はそのようなことを教えてくれなかった」
「父とはアノーマリーなる者のことか?」
「そうだ」
「まあ話を聞いた限り、尊厳などとは無縁なのだろう。学ぶ気があれば戦いを通して教えてしんぜよう。いかがか?」
「セカンドは色々なことを知りたい。教えてくれるなら、是非ともお願いしたい」
「そうかそうか・・・はっはは」
テトラポリシュカは声も高らかに笑っていた。このように敵を前にして笑うのはいつぶりか。
「話に聞く父とは似ず、随分と素直な魔物だ。まるで生まれたばかりの赤子のようだな。よかろう、私でよければ教えよう。ただし、殺し合いの最中になろうがな」
「この中に侵入した者はすべからく排除するように命令されている。どうやらそうなるだろうが、セカンドも学びたい」
「ふふ、何とも妙な戦いになりそうだが、それも一興か。では参る!」
テトラポリシュカとティランは不思議な師弟関係を結びながら、命がけの戦いへと突入していった。
***
「なんだ、誰もこねぇじゃねぇか、来ないではありませんか」
アノーマリーの工房に侵入し、ぶつぶつと一人つぶやくのはメイソンである。彼はティタニアを伴いアノーマリーの工房に潜入し、ティタニアを暴れさせたうえで自分が肝心の中枢に侵入する予定だった。あわよくばティタニアとアノーマリーの共倒れを狙い、アノーマリーの研究成果なども持ち帰ろうと狙っていたのだが、思い通りには進んでいない。
それでも単独でノースシールを踏破し、この工房の中に入っている段階で成果としては充分なのだが、常に単独で辺境で任務をこなしてきたメイソンにとっては、いつもの作業に等しかった。
「まあそのくらい用心深くなけりゃ、戦い甲斐もないってもんだが。迎撃の一つもあると思っていたんだが、音沙汰なしとはな。さて、どうするべきか」
メイソンが転移で出現したのは、小さな部屋のような場所である。灯りは十分にともされていたが、どうやら魔術を駆使することで、油を使わず灯りをともしているようだった。これだけでも学術都市のメイヤーや、工業都市オズロジュールの最先端の研究を凌ぐ技術であることはメイソンにもわかったので、興味深そうにその仕掛けを眺めている。
「こいつは大したもんだ。こんなものが出来上がったら、油売りの業者は商売あがったりだな。それに光量も今の外灯より何倍もありそうだし、油を補充する手間も減る。こんな研究があるなら世に出しやがれってところだが」
メイソンは部屋の中をぐるりと眺めた。部屋の中には本や書類が散らばった大きめの机と、本棚が一つ。それに木造のベッドと、よくわからない生物やら液体やらが陳列されたガラス棚が一つ。メイヤーにある大学教員のような部屋のような印象を受ける。
続く
次回投稿は、5/6(水)22:00です。