封印されしもの、その61~反作用②~
「そこまでだ、ティタニア。アルフィリースたちに手出しはさせないよ。根源の沼から召喚した汚泥による束縛だ。よほど高位の光か火の魔術を行使しない限り、切れるものではない」
「・・・先ほどの上位精霊か。なるほど、確かにこの状態の私ではなんともならないようだ。どうやら悪戯にしては過ぎるようだな」
「悪戯とは随分な言われ様だが、言い得て妙だね。だけど、こうでもしないと話ができそうにないからね」
ティタニアがピートフロートをにらみつける。だがピートフロートはティタニアの殺気にも怯まない。
「剣帝といえど、人間の威圧が上位精霊に通じると思ったら大間違いだよ」
「ならば問うが、精霊が――しかも上位精霊が誰か特定の人間の肩入れをするなど、違反行為ではないのか。正式に契約をしているならともかく、精霊にあるまじき行為だと思うが」
「もちろん違反だよ。だからこれで最後にしようかと思う。それにオーランゼブルのことを考えるなら、アルフィリースにはこれくらい手助けをして丁度釣り合いが取れるだろうし――」
ピートフロートはちらりとアルフィリースの方を見た。アルフィリースはピートフロートが何を言いたいのかわかっているつもりだったが、その実、本当のところはそれほどわかっていなかったかもしれない。
「それに、『いたずら小僧のピート』は生まれつきの気質でね。もうこればっかりは生まれてから千年以上、どうしようもないのさ」
「言い訳か」
「ああ、言い訳だね。だけど本当に大切な理由もある。ティタニア、君はずっと剣を奉じる相手を探しているんだろう?」
「!? なぜそれを?」
ティタニアの目が驚きに見開かれる。だがピートフロートはさも当然と言わんばかりの態度だった。
「噂は影を縫って千里を走る。闇の上位精霊が知らない道理はないさ」
「なるほど。だが、それがどうした」
「剣を奉じる相手がアルフィリースだったら――どうする?」
ピートフロートの言葉に、今度こそティタニアの動きが完全に止まった。そしてありえないとばかりに、その視線が宙をさまよっていた。
「いや、ばかな。それは・・・だがしかし」
「剣を奉じる相手を探して千年。いや、君の一族が全てを始めてからと考えるなら、さらに数百年。その長きにわたる宿命も、この時に帰結するのかもしれない。本当にそうなのかはわからない。だけど、一考の余地はあると考えている。オーランゼブルが命じる以上に、君自身の頭で考えてもいい問題だと思うんだけどね」
「・・・だが、私の勘はアルフィリースではないと告げている」
「もう少し、見守ってみたらどうか。少なくとも、今アルフィリースを殺すのは早計だ。勘だけを頼りに千年も彷徨ったんだ、そろそろ他の可能性を考慮してもいいだろう。いつまでも宿業を背負うべきではない、君も解放されるべきだ」
ピートフロートは賭けた。オーランゼブルの精神束縛に抵抗するだけの使命感を、ティタニアが持っているかどうか。果たして、答えはすぐにもたらされた。
「・・・なるほど、一理ある。確かにここで即断すべき問題でないだろうな」
「ならば剣を収めてくれるかい?」
「いいだろう。だが貴様もこの束縛を解いてくれるのだろうな?」
「いや、そのつもりはない」
ピートフロートはあっさりとティタニアの申し出を否定した。アルフィリースたちも意外な返答に思わずピートフロートを見返し、ティタニアはまたしても殺気をピートフロートに向けていた。
「・・・どういう意味だ?」
「言葉そのままだよ、今君に暴れられると少々困る。このままおとなしく捕まっていてくれるとありがたい。なに、殺しはしないし、すぐに開放するさ。だが今はまだ間が悪い」
「上位精霊、何を考えている?」
「さて、なんだろうね?」
ピートフロートはそらとぼけたが、ティタニアはどうやら相当気分を害したらしい。今度は殺気を隠そうともせず、周囲ごと威圧を始めていた。凄まじい殺気にアルフィリースたちが一歩ずつ下がっていく。
「先ほどはこの束縛を切れぬと言ったが、それは『現時点の私』の話だ。その気になれば切ることなど造作もないことを、お前は知っておくべきだ」
「君こそ知っておくべきだ。いかに伝説の剣帝といえど、人の領域を出る存在ではない。あまり己惚れないことだな」
ピートフロートが指笛を鳴らすと、のろのろと動いていた汚泥がティタニアに猛然と襲い掛かり、その自重でもってティタニアを闇の底に連れて行った。最後に何か言おうとしたティタニアだが、その視線だけが射抜くようにピートフロートをにらみつけ、そしてその姿を闇に消していた。
アルフィリースたちはティタニアの殺気が消えると胸を撫で下ろしたが、ピートフロートはティタニアの後を追ってそのまま闇の中に入っていこうとする。アルフィリースがその直前でピートフロートを呼び止めた。
続く
次回投稿は、5/2(土)22:00です。




