大草原の妖精と巨獣達、その16~迫る脅威~
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一方昼ごはんも終わり、それぞれが部屋を後にする中、エアリアルとファランクスだけがその場に残っていた。
「何か用があるのか、エアリアル・・・」
「父上、アルフィリース達をここにつれてくる契機となったサディカの民のことですが」
「ああ、完全な掟違反だな。残念なことだが、彼らには何らかの形で制裁を加えなければなるまい」
「そうですね・・・」
エアリアルがうつむく。その表情は暗く、元から明るいとは言えない彼女ではあるものの、その雰囲気は暗欝にすぎるようだ。
「どうした、エアリアルよ。問題はそのことではあるまい」
察しのいいファランクスである。長年共に暮らしたエアリアルの様子がただ事ではないことに気がついたようだ。
思い切りのいいエアリアルには珍しいことだが、何かを躊躇っている。だが意を決したように表を上げる。その表情には強い決意が込められている。
「父上、実は折り入って相談したいことが」
「それは構わんが・・・エアリアルよ、外の竜巻はもう止んだのか?」
「は? いえ、まだのはずですが」
「ここに接近してくる者がいるぞ」
「なんと!?」
エアリアルは相談事も頭の隅に追いやり、飛ぶように外に出て気配を探りながら目を凝らす。彼女の目は常人の何倍もよい。その視界の端に、確かにこちらに向かってくる何物かをとらえた。
「あれはなんだ・・・? 竜巻の方から歩いてくるだと?」
その男・・・いや、全身をローブにくるみ男かどうかは定かではないが、遠目にもかなりの大柄で筋肉質なのでまず男とみて間違いないだろう。その男の歩いてくる方角は、まるで竜巻から突き抜けて歩いてきているかのようだったのだ。
実際にそんなことはなかったのだが、この竜巻が乱発する中を悠然と歩いているだけでも相当な狂人である。自らの命を全くいとわない行動に、エアリアルは腹の底から何かがせり上がるような嫌な感じを覚えた。
「エアリー、何かあったの?」
いつの間にかアルフィリースがエアリアルの傍に来ている。
「何かが・・・こちらに向かって真っすぐ歩いてきている」
「この竜巻の中を!?」
「ああ・・・何かはわからんが、とても嫌な感じがする。まだ5kmは離れているが、全員に迎え撃つ準備を・・・何?」
エアリアルが驚愕の表情に包まれたかと思うと、アルフィリースを無言で押し倒し、その場を転げまわるように離れた。アルフィリースは何が起きたかわからなかったが、気がつけば目の前に凄まじい巨漢が立っていた。
身長はゆうに2mはあるだろう。漆黒のローブをまとってはいるが既にかなりボロボロであり、そこかしこから体が見えている。その体は異常なまでに鍛え抜かれており、上半身・下半身共に凄まじい筋肉が・・・いや、、あのズボンからはみ出しているのは・・・
「・・・ちょ、いやああああ! この人変態だー!?」
「誰が変態だぁあああああ!?」
「貴方よー!!」
「どこが変態だぁあああああ!?」
「下半身を隠しなさいよー!!」
「隠し事なんざ、男がやることじゃねぇ!」
「それとこれとは話が別よぉおお!!」
アルフィリースが顔面を真っ赤にしながら反論しているが、エアリアルの方はそれどころではない。
「(バカな・・・先ほどまで確かに5kmは離れていた。それを一瞬で詰めたのか? 一体どれほどの脚力をしているというのだ。それにあの存在感、圧迫感・・・大草原で一番大きいブロキオサウルスよりも大きく感じるなんて。・・・コイツは危険だ)」
エアリアルの本能が全力で危険を知らせ、冷や汗が止まらない。だがそんなエアリアルをよそに、アルフィリースとドラグレオは言い合っている。
「くそ、娘。俺が変態ではないことを証明してやる!」
「い、いやぁああ、こっちにこないでぇえええ!」
顔を真っ赤にしたアルフィリースがイヤイヤをしている。完全にパニック状態で、戦うという選択肢は頭の中から消えているようだ。そんなアルフィリースに近づこうとするドラグレオ。
そこに近づく足音がいくつか。
「てんめぇええええ! ハミ××でアタシのアルフィに何しようとしてんだー!」
「くらえ!」
ニアが空中で2段跳び蹴りをドラグレオの顔面と喉にお見舞いし、態勢を崩した所にミランダが全開でメイスを顔面に叩きこむ。さすがのドラグレオも吹っ飛んでいった。
「大丈夫か、アルフィリース?」
「なんだあの猥褻物陳列変態男は? 誰か自警団を呼んでこい!」
「わ、わ、わた私・・・初めて見ちゃったよぅ・・・あううう」
アルフィリースが精神的なダメージで完全に涙目になっている。とりあえずしばらくは使い物にならなそうなので、フェンナに任せて後方に下げ、ニア・ミランダ・エアリアルの3人で対応することにした。
「仕留めたのか、ミランダ?」
「さあ? 手ごたえは十分だったけど・・・」
「・・・あれじゃ無理だ」
エアリアルの言葉に思わず彼女の方を見たミランダとニアだったが、なるほど言葉通り何事もなかったかのようにドラグレオが起き上がる。
そこで初めてミランダとニアは男が漆黒のローブをまとっていることに気がついた。
「ミランダ、あのローブ・・・」
「ええ、あのゼアで会った少年たちの物に似てるわね・・・」
「以前出会ったとかいうとんでもない連中のことか?」
エアリアルも話には聞いていたので思い当たる部分はある。2人にエアリアルが聞くと無言で2人は頷いた。
「だとしたら・・・まずいかもね」
「ああ、私達に倒せるのか?」
「我の感だと・・・無理だ」
エアリアルが弱気の発言をするのを初めて聞いた2人は驚いた。だがエアリアルの表情は蒼白を越して土気色に変化し始めていた。
そしてドラグレオがゆっくりと口を開く。
「力とは・・・なんぞや?」
「は?」
「何を言ってる?」
「・・・」
3人とも答えない。いや、むしろそれどころではない。ドラグレオの雰囲気が先ほどまでとは明らかに違う。どうやら殴られたことで、戦闘態勢に入ったようだ。
「力とは・・・」
「「「(ゴクリ)」」」
「パワーだぁああああああああああ!」
「まんまじゃない!!」
後ろにいたアルフィリースはツッコミを入れるが、前衛の3人は異常なまでのプレッシャーにさらされ、それどころではない。
「うるあぁぁぁぁぁ!」
そして雄たけびを上げ、絶叫と共に突っ込んでくるドラグレオ。その雄たけびだけで全員が身がすくんでしまう。ドラグレオの体から発する殺気が一層膨れ上がり、その姿が見た目以上に大きく、まるでギガノトサウルス以上の巨獣が目の前にいるのかと錯覚してしまう。
そのままドラグレオは右手をニアに向けて振り上げる。ドラグレオは何の変哲も無く握りこんだ全力の右正拳を放とうとしているだけなのだが、標的にされたニアはあまりの圧力に動けずにいた。
「あ・・・」
迫るドラグレオの拳が非常にゆっくりに見えた。
「(これは・・・まずい)」
死ぬ直前は光景がゆっくり見えると言うが、ニアがそう思うよりも早く、エアリアルはニアに抱きつくように横っ跳びしていた。もしエアリアルが最初から反撃に転じる気でいれば、ニアの命は無かっただろう。
そしてミランダはカウンターを入れるべくメイスで再び顔面を狙う。そして見事絶妙なタイミングで顔面を直撃したのだが・・・
「我慢だぁあああああ!」
「何!?」
絶叫と共に顔面に受けたメイスを押し返しながらドラグレオは突貫してくる。その力に押し負け、地面に転がるミランダ。
そして――
「くらええぇぇぇぇぇ!」
「!」
ミランダに向けてドラグレオの拳が振り下ろされる。その握り込む力が余りに激しく、メシメシという音だけでなく、まるで周囲の空気まで一緒に握り込んでいるようだ。
「(やられる!?)」
ミランダが内心では無駄だと感じつつも、本能からとっさに防御の姿勢を取ろうとした瞬間、頭上を赤い何かが疾走した。
続く
次回投稿は12/29(水)12:00です。