封印されしもの、その60~反作用①~
「不思議な話だがな。奴を討伐しようとしたのは、まだ私が駆け出しのころだ。当時の私は今ほど強くはなく、何度も彼女を討ち漏らした。私が戦った中では、もっとも縁が深い相手かもしれない。そのうち、敵同士ではあるが会話をする程度の仲にはなり、互いの人となりも知っていたつもりだ。
だが奴が大魔王であったことが問題なのだよ、アルフィリース。私の存在意義は、魔王を狩ることなのだ。奴が魔王でさえなければ――別の道もあったろうが」
ティタニアが逡巡を見せた。おそらくティタニアは本当の意味でテトラポリシュカを憎んでいるわけではあるまい。むしろ、出会い方次第では気が合うのではないかとさえ思える。だがそれでも、ティタニアはテトラポリシュカを敵と表現した。
義務感。そのような言葉がティタニアの困惑を示していた。アルフィリースの口から、思わず疑問が飛び出てしまう。
「魔王を狩ることが存在意義? では貴女の立場はなんなの、ティタニア。オーランゼブルは魔王を沢山作り出しているじゃない。言っていることとやっていることが矛盾しているのではないかしら、ティタニア」
アルフィリースの指摘に、ティタニアの表情が奇妙な変化を見せた。まるで今初めてそのことに気付いたような――驚きと怒り、そして否定の表情が浮かび、次に無表情になった。これはオーランゼブルの精神束縛の作用なのだが、そんなことをアルフィリースが知ろうはずもない。
最初は意味のわからなかったティタニアの表情だが、その意味に気づいたのはセイトとルナティカが最も早かった。
「(まずい!)」
「アルフィリース!」
はじけるように飛び出したルナティカだが、その彼女より早く動いた者が二人いたことに、この場の何人が気付いただろうか。
一人はセイト。セイトが無我夢中で繰り出した技は、予備動作の一切ない遠当て。あまりに早く打ち終わり元に戻るその動作に、気付いたのは隣にいたレオニードただ一人。
ティタニアが無表情のまま片手で振り上げた剣の横腹に遠当てが命中し、その大剣がアルフィリースの横の地面を抉る。忘我の状態にあるティタニアの無機質な目とアルフィリースの視線が交錯し、そしてティタニアが我を取り戻すまでの一瞬にできた隙。ルナティカが飛び込み振るう剣をティタニアは余った左手一本で白刃取りを行うが、止めた剣を軸に独楽のように遠心力を利用して打ち出された渾身の蹴りが、ティタニアの肋骨を数本もっていった。
「・・・!」
ティタニアは声こそ上げなかったが、強力な一撃に表情が苦痛に歪む。剣を振りルナティカを振り払うと、一度後退して間を取った。その攻防を見て、多くの仲間たちがティタニアに剣を向けた。もはや戦いは避けられないと判断したのだ。そうでなくとも、団長であるアルフィリースに剣を向けた者を見過ごすような者はこの場にいない。
「ちっ、しょうがねぇ。やるぞ、おめーら!」
「ロゼッタ、部下共に取り囲ませろ。一瞬でもティタニアの動きが鈍れば、俺が斬りこむ」
「はん。やる気じゃねぇの、副長」
「半端な剣力じゃ足手まといだ。近寄ることもままならねぇよ」
ラインが構えた。背中のダンススレイブにも意識を既に向けている。手負いとはいえ相手は剣帝。状況に応じてためらうことは死を意味する。
全員がティタニアを見ていたが、ティタニアの口からは血がすうっとこぼれていた。
「(肺をやられたか)」
ティタニアの折れた肋骨が一部肺を傷つけていた。好機と見た者も多かったが、ティタニアが気迫を発したため、踏み込みかけたその足が勢いを失くす。
その隙にティタニアは大きく息を吸い込むと、折れた肋骨に短刀を差し込み、無理矢理戻し切りで修復する。血が噴き出したように見えたのも一瞬。何が起きているのか理解できないアルフィリースたちは、ただその光景を見守ってしまった。テトラポリシュカがこの場にいたら、間違いなくこの機を逃さず攻撃しただろう。
ティタニアが治療という名の剣技を終えるまで、およそ3しか数えない。肺にたまった血を一斉に吐き出し、最後に血の混じった痰をぺっと吐き出すと、ティタニアからは苦悶の表情が消えていた。その表情から、初めて何人かはティタニアが何をしたかに気づいた。
「血抜き・・・? いや、違うな。まさか、治したのか?」
「(斬って治したのだよ、マスター。戻し切りを自分に使うとは恐れ入る。一瞬でも自分の技術に疑念を抱いたり、恐れがあればその場で肺を破いて死んでいるぞ)」
「くそっ、化け物が。折角の好機がなくなっちまった」
「(相手は齢二十歳半ばに、既に史上最高の剣士と呼ばれた女傑だ。黒の魔術士であろうがなかろうが、尋常ならざる相手なのだよ)」
ダンススレイブが解説をしたが、内心で怯えていることがラインにはわかっていた。今までダンススレイブは高名な剣士を多々見てきたが、これほどの剣士には一度もお目にかかったことがない。目の前にいるのは、間違いなく人間の姿をした別の何かであると、ダンススレイブは怯えていた。
そんなダンススレイブを、ラインは意識の中で励ました。
「(しっかりしろ、ダンサー。おそらくあれと打ち合えるのは俺たちくらいだ。お前がびびってちゃあ勝負にすらならん。せめてアルフィリースを逃がすくらいの働きはしてみせろ)」
「(・・・勝つとは言わないのか。普段の自信はどこにいった)」
「(ぬかせ。剣士として、あれの実力がわかるくらいには鍛えてきたつもりだ。あんな怪物と、誰がまともにやり合えるってんだ。ディオーレ様でも連れてこなきゃ無理に決まってんだろ。
いいからお前は覚悟決めて、褌でも締め直してろ)」
「(女に褌とは、そういう趣味か)」
「(そうじゃねぇ! もののたとえだ、ものの!)」
「(これが最後の軽口かもしれんのだ、言わせておけ)」
「(自分で言うな! 普段の調子が戻ってきたじゃねぇか)」
ラインが元の剣からダンススレイブに持ち変える。そしてその能力を解放しようとした時、ティタニアの足元にあった影が、突如としてティタニア自身を捕まえた。
続く
次回投稿は、4/30(木)22:00です。




