封印されしもの、その58~取引③~
「大規模な戦争って、何のために必要なの?」
「それがボクもわからないところだ。考えられる可能性としては生贄を使った儀式魔術だけど、戦争で死ぬ人間の規模となるとできることが多すぎて逆に想像がつかない。どうやって起動するかも不明だし、そもそも興味がなかったからね。ただ、真相に気づいていた人間はいたかもしれない」
「それは誰?」
「君も良く知る、アルドリュースだ」
アノーマリーの言葉にさしもアルフィリースも息を飲んだ。次の言葉が出せないアルフィリースを尻目に、アノーマリーは言葉を続けていた。
「ほんの数日前にオーランゼブルが自分で言い出したことなんだけどね。彼のせいで計画の発動が遅れたって。だから計画の発動は、本来もっと早い予定だったんだろう。彼と関係ができて数十年が経過したが、以前は仕事を急かされることも多かったのに、ここ十数年は魔王の作成についてはあまりせっつかれなくなっていた。
最初は大陸の西で計画を発動させる予定だったはずだ。だからあちらではいつまでも騒乱が絶えないし、そうなるように色々と工作していたはずさ。当時はカラミティもヒドゥンもあちらで活動をしていたし、ボクの工房も魔王を使うために西側に沢山あったしね」
「師匠は・・・一体何に気づいていたの?」
「さあてね。それはむしろボクの方が聞きたいくらいだ。彼は君に何も語っていなかったのかい? 証拠や手がかりも残っていない?」
「それは・・・私は知らないわ」
「そっか、まさしく謎の人物だね。あれほど優秀で有名でありながら、権力も手放して何を望んだわけでもなく、人知れずひっそりと死んだ男。でもオーランゼブルすら手玉に取るんだから、そりゃあ凄まじい才能だね。生きていたら一度会ってみたかったけど、もはや叶わぬ夢か」
アノーマリーが心底残念そうに肩をすくめた。アノーマリーが人間、しかも男に興味を持つのは非常に珍しいことだったが、それはこの場の誰もが知らないことだた。
一方でアルフィリースは何事かをつぶやきながら考えていたので、アノーマリーの方から気をきかせて話しかけた。
「他に知りたいことは?」
「そうね・・・どこで戦乱は起きるのかしら?」
「もう想像はついているんじゃない? 言ってみなよ、採点してあげるから」
「アレクサンドリア、もしくはローマンズランド。後者の方が有力かしら」
「どうしてそう思う?」
「大陸に与える影響、戦争が起きた時の規模、内政に携わる人材の数。戦争が起きた時の侵攻の方向性や結末を考えると、私ならローマンズランドで仕掛けるわ」
「おおよそ正解じゃないかな。では、戦争が起きる時期は?」
「アルネリア400周年祭。東側の諸国首脳陣が一堂にアルネリアに会するなら、その時期に戦争を起こせば全てが後手になるわ。どうかしら?」
「そうだね、ボクも同じことを考えていた。ただ――」
アノーマリーは一度言葉を切った。そしてとても面白そうに口の端を歪めたのだ。
「オーランゼブルは非常に性格が悪い。いや、本当は高潔な人物なんだろうけど、このためだけに千年以上を費やしたハイエルフだ。今のような状況に臨んだ時、そのように考える人物が多いことも想定済みだろうね。だったらどうするか――もう想像はつくんじゃないかな?」
「ちょっと待って、まさか――」
「あとは自分の目で確かめなよ。さて、これでいいかな? ボクとしてももうこれ以上のことは知らないし、興味もないんだ。やることも山積みだし、できればお暇したいんだけど」
「いえ、最後に一つだけ。どうすればオーランゼブルを止めることができると思う?」
「おいおい、そこまで甘えちゃうのかい? そりゃあいくらなんでも節操がないってもんだろ」
「貞操は守るつもりだけど、節操なんていくらでも売ってあげるわ。そんなことより実利を取りたいのよ、私は」
アルフィリースの物言いが面白かったのか、はたまた強情だと感じたからか、アノーマリーは諦めたように話した。
「まあ、ねえ。彼の邪魔をしてくれるのならボクとしても助かるし・・・そうだね、さっきまで一応仲間だったけど、節操なんてボクも無縁の話だしね。オーランゼブルには仲間とすら思われていなかったろうから、可能性の話をしておこうか。
まずオーランゼブルはもう、どうやっても止まらないだろう。説得は無駄だ、止めるなら殺すしかないと思う」
「どうして止まらないと思うの?」
「五賢者とまで謳われた高貴なお方が大量虐殺するんだよ? その理由は推して知るべきじゃないかな?」
「では本当の事情は知らないのね?」
「う・・・まあ、ね。だけどボクたちのほとんど全員がオーランゼブルに精神束縛で洗脳されている。ボクは偶然にも解いたけど、まだ操られている連中は多いはずだ。ライフレスとか、ティタニアとかブラディマリアとか。彼らの精神束縛を解くことができれば、彼らのことだ。全員が反逆するんじゃないかな? そうなればいくらオーランゼブルといえど、無事ではないと思う」
「精神束縛・・・なるほど、面白いことを聞いたわ。心に留めおきましょう」
「そうだね、あとは――」
アノーマリーが何事かを言いかけていたが、アルフィリースはともかくとして、多くの仲間には彼らの会話は内容がほとんどわからないものであった。特に遠征に来ている獣人たちにはさっぱり理解できない内容だったが、レオニードは注意してその会話の内容を聞いていた。何か一つでも人間社会のことを学ぶことができればと思ったからだ。
そうしていると、隣にいたセイトの総毛立つ姿が目に入った。突如として起きた出来事にレオニードがはっとし、セイトを軽く小突く。
続く
次回投稿は、4/26(日)22:00です。