封印されしもの、その55~魔王の棲家⑤~
「なんらかの事情があるようだが、こちらも苦しい立場なのだ。もしよければここは共闘とした方がよいと思うのだが、どうだろうか」
「幻獣のような頼もしい仲間と戦えるなら、こちらこそ願ってもないこと。そもそも貴方がたとは一度話し合いの場を持たねばと考えていましたし。アルフィリース、構いませんか?」
「ええ、もちろんよ」
アルフィリースは頷いたが、オロロンたちが仲間になったところで問題が解決するわけではなかった。どうしたものかと思案に暮れるアルフィリースたちだったが、話し合いの中、ヴィターラが一つ妙な点に気付いた。
「ふと思ったのだが、どうして敵はこちらに出てこないのだろうな。表では我々の仲間は全員八つ裂きにされたと聞いた。聞いたときは怒りで我を忘れかけたが、そこまで徹底的にやるだけの能力があるなら、いっそ我々を攻撃してくれば早いと思うのだが。別に命を惜しむような連中だとも思えん」
「確かに。圧倒的な能力の割に、専守防衛よね」
「・・・考えられる可能性はいくつかある」
作戦を考える中、意見を出したのはライン。
「一つは、実は攻めるだけの戦力がなく、能力が防衛、つまりは罠にはめることしかできない。あるいは、攻めるまでの時間稼ぎをしていて、今頃中では着々と準備が進んでいるということ。あとは、そもそも俺たちは相手にされていないということ」
「どれも考えられる可能性ね・・・それで、ラインはどの可能性が高いと思うの?」
「実は全部だと考えている。ここが黒の魔術士の工房だとしよう。最初に入り口に戦闘の跡があったのは、幻獣たちの行動だとわかった。だが、そもそも魔王が人里を襲ったのはなんでだろうな。そんなことをしなけりゃ、この工房は存在を知られることもなかったはずだ。魔術士の工房なんてのは、その場所を秘匿しておきたいはずのものだ。そうだろう?」
「普通の魔術士はそう考えるだろうな。魔術士の工房は秘技の塊であり、人目につかせるのは憚るはずだ」
ミュスカデがラインの意見を肯定する。ラインはなおも続けた。
「俺が考えるに、今回の出来事はこの工房の主にとっても予想外の出来事なんじゃないだろうか。だから場所がばれたが反撃するだけの準備が整っておらず、時間稼ぎの攻撃をしながら防御に徹している。そういうことじゃないか?」
「だいたい合ってるよ。やっぱり鋭いね、クルムスでの計画を台無しにしただけのことはある」
背後で突然声がしたので、ぎょっとして全員が振り返った。そこにはアノーマリーがすました表情で立っていたのだった。アノーマリーはやや憮然としたように、あるいは彼にしては無表情にその場に立ち、アルフィリースたちを眺めていた。
「ラインだっけ? その節はどうも。クルムスではお世話になったねぇ」
「ここの主はテメェか・・・どうりで趣味が悪いと思ったぜ」
「褒め言葉だよ、それ。だけど、多少無理してでもあそこで君を仕留めておくべきだったな。人間にしては油断ならない存在だよ、君は。まあ今は君に関わっている時間はないんだ、本題に入らせてもらおう」
アノーマリーの人をくったような態度はなりを潜め、不気味で殺気に満ちた鋭い声で詰問した。以前会った時と印象が違うことに、ラインも気付く。
「そこのラインが想像した通り、今回のことは事故なんだよ。ボクとしても、ここの住人たちに迷惑をかけるつもりはなかったし、むしろこの工房はなんとしても世の中に出したくなかった。実はボクはもう黒の魔術士は裏切っていてね。今ではオーランゼブルとは敵対する立場なんだ。だから君たちとは戦わない理由もないんだけど、今戦う理由もない。
だから取引だ。君たちが倒したボクの配下のことも水に流してここから見逃してあげるから、もうボクには関わらないでくれ。ボクはそっと一人で研究を続けたいんだ。そのためには君たちに関わっている時間はない。どうだろう?」
「随分と胡散臭い話だな。お前のしたことを知っている俺としては素直に信じられない話だが――判断するのはアルフィリースだ。どうする、アルフィ」
「・・・取引をするのはいいでしょう。で、今後この大地の住人に迷惑をかけないという保証は?」
「この場所はばれてしまったからね。それなりに時間をかけて作った場所だけど、もう役には立たない。どこかに移って、ひっそりと研究を続けようと思っているよ。それじゃ駄目かい?」
「その研究、完成したらどうなるのかしら?」
アルフィリースの言葉に、アノーマリーがにやっと気味の悪い笑みを浮かべた。どこか満足そうな、アルフィリースの問いかけを楽しむような笑み。周囲の人間はぞっとしたが、アノーマリーにとってこれは賛辞に等しい笑みだった。
「やはりキミの目の付け所は面白いねぇ。ボクの仲間でさえ興味を持った奴らはいなかったのにさ。でも、素直に真実を教えると思う?」
「話せる範囲で構わないわ。こちらにはリサがいる。適当な嘘やごまかしはほぼ看破できるし、話すらしない人間を信用はできない。話しすらしないというなら、このままあなたを倒して工房に押し入るだけよ」
アルフィリースがリサに目配せをした。その意味にリサははっとしたが、素直に頷いておいた。アノーマリーはどうしたものかと一瞬考え込んだが、それもおそらくは振りだけで、答えは最初から決まっていたのだろう。こう見えてアノーマリーは実に様々な状況を想定し策や対応を練っている。アルフィリースの前に出た段階で、この会話も想定していないわけではなかった。
アノーマリーは滔々(とうとう)と語る。
続く
次回投稿は、4/20(月)10:00です。