封印されしもの、その53~テトラポリシュカ⑬~
「どうやらリサだけが感じているわけではなさそうですね」
「この場所には殺気が満ちている。壁にも、天井にも足元にすらな。とても不快だ」
「それだけではない、奥に行くほど殺気が強くなる。誰かが警告を発しているようだ・・・来る」
ヤオとルナティカが身構える。彼女たちの構えは全方位からの攻撃を警戒してのものだったが、果たして予想通りに攻撃は足元を含む全方位から、先頭にいた彼女たちを襲ってきた。
糸のような無数の斬撃。ヤオとルナティカは持ち前の反射神経と運動能力をもって回避したが、他の者では同じ芸当は無理だったろう。攻撃を受けて、彼らは確信した。
「なるほど、この攻撃で外にいた幻獣達をなます切りにしたのか」
「それにしてもなんて切れ味だろうな。あれほどの巨体を完全に斬り裂くとは。鋼鉄、もしくはそれ以上か」
「リサ、敵の本体の位置を!」
アルフィリースが叫ぶ。アルフィリースのいつにない鋭い声にリサはセンサーを巡らせたが、そうでなくともこの敵の危険性を十分にリサもわかっているつもりだった。
だが敵は一撃を加えると追撃することなく、その場から完全に離脱したのだ。
「追撃がない・・・?」
「やられましたアルフィ。敵の姿を感知することができませんでした」
「そう・・・厄介ね」
「ああ、これでうかつにこの中に踏み込めなくなった」
ラインの言葉に、アルフィリースが珍しく唇を噛んでいた。二人の言葉の意図がわかる者とそうでない者。意図をつかみそこねた団員がロゼッタに質問していた。
「姐さん、どういうことです?」
「ああ、敵は積極的に攻撃を仕掛けてくる気がないかもしれないってことさ。外にあったヤマゾウどもの死体と今の攻撃で、攻撃の恐怖をアタイ達に刷り込んだ。誰がヤマゾウの八つ裂きの死体を見て、さらに踏み込んでいくと思う?
開けた場所じゃ仕掛ける方が有利だが、こういった場所じゃ罠を張って待ち受けるのも一つ有効な手段だ。敵にはそれを理解するだけの頭がありやがるってことさ」
「もっと厄介な可能性が考えられますよ、デカ女二号。先ほどの攻撃が、もし自動に発動する罠だとしたら。絡みつく殺気も考慮すると、先ほどの攻撃で私たちの存在を気取られた可能性があります。こんな狭い場所で全方位からの攻撃に晒されるとなると、とてもじゃないですが生き延びるのは不可能でしょうね」
「一度撤退よ、先ほどの広間までね。急ぎましょう」
アルフィリースの判断は早かった。即座に命令すると、精鋭の反応は早い。引き揚げながら、アルフィリースはウィクトリエの傍にそっと寄った。
「テトラポリシュカの位置はわかる?」
「いえ、別れてから定期的に念話を試みてはいるのですが反応がありません。気を失っているか、念話に応じる余力もないか、あるいは何らかの理由で閉ざしているか・・・存在がなくなったわけではないので、生きてはいるはずです」
「そう、彼女がいれば突破も楽かと思ったんだけど、こちらで何とかするしかないかもね。そういえば、ピートフロートはどこへ?」
「え、先ほどまで一緒に・・・いませんでしたか?」
ウィクトリエが辺りを見回したがピートフロートの姿はどこにもなく、そしてラーナもその行方を知らないとのことだった。誰も、彼がいなくなったことに気付いていなかった。
***
「はあ・・・はあ・・・これで全部か!?」
息を切らして膝をついたテトラポリシュカが周囲を見渡すと、辺りの雪原は氷竜の死骸で埋まっていた。寒冷地だと魔王となった個体も腐食が遅いのか、ゆっくりと塵に還っていく。50を超えたあたりから倒した個体の数を数えるのをやめたテトラポリシュカだが、おそらく100はゆうに超えただろう。今は呼吸を整え、減った体力と魔力を少しでも回復させようと、休息をとっていた。
「やれやれ、封印明けの腕試しにしてはいくらなんでも厳しすぎるな。結界でも張って一日休息をとりたいところだが、ピートフロートのせいでろくな食料も用意していない。さて、何か食糧でも探したいところだが・・・またしても私に用か、ピートフロート」
「ああ、お疲れのところ悪いけどね」
テトラポリシュカの背後にはピートフロートが立っていた。抜け目のない彼は、テトラポリシュカに転移を使う直前、しっかりとその転移先がわかるよう、自分の精霊をテトラポリシュカの影に紛れ込ませておいたのだ。
普通ならテトラポリシュカも気付くこと。だが転移先が雪の下だったこと、雪から出た直後に氷竜と一日近く戦い続けたことで、さしものテトラポリシュカも細かなことに構う余力がなかった。
ピートフロートはテトラポリシュカが疲れて仰向けに寝転がっているのをよいことに、いけしゃあしゃあと言葉を続けた。
「アルフィリースたちの進行が想像以上に早くてね。やはり彼女はただものじゃないよ、その才能の使い方すらろくに覚えないまま、周囲の助けや勘に従って最短速度でアノーマリーに近づいているようだ。
だから少々早すぎたようだよ。ポリカかティタニアが潰してくれればよかったのに、アノーマリーの工房の強敵とアルフィリースが鉢合わせてしまった。そいつを排除するためにポリカの力を借りたいんだけどさ」
「断っても無駄だろうな、お前には。なら食料を多少準備してはくれないか。これでは回復のしようがない」
「僕のこと、怒ってないの?」
「怒っているさ、いますぐ雪原ごと抉ってやりたいぐらいにはな。だが、今はそれよりも優先することがあるし、お前の立場もわからんでもない」
「なるほど、本当に丸くなったんだねぇポリカ。なら、ついでにもう一つ許してよ」
ピートフロートが転移の魔術を起動させる。その魔術を見て、今度こそ鬼のごとき表情を浮かべるテトラポリシュカ。
続く
次回投稿は、4/16(木)10:00です。




