封印されしもの、その52~訪れる男②~
「何者!」
「自分から名乗れ、と言いたいところだが、様子は見させてもらったから知っている。剣帝ティタニアと、そっちはイェーガーのガキか。合ってるか? 合っていますか?」
「・・・さあ、どうだろうね」
「警戒しているな、ガキ。だがそういうのは嫌いじゃあない。俺はアルネリア巡礼のメイソンだ。ここにはイェーガーの手伝いをこっそりと行うようにと言われて来ている、来ています」
「珍妙な言葉遣いをする。それで、巡礼が何用でしょうか」
「手を組め、その方が話が早い」
メイソンはずばりと切り出していた。剣帝と知ったうえでその図抜けた態度に、ティタニアは正直感心した。
「アルネリアと手を組めというのですか。我々は敵対関係だとばかり思っていましたが」
「もちろんそうだ。今でも俺はお前の首をこの手で締め上げたくてしょうがねぇ。アルネリアに、そしてミランダ様に逆う愚か者どもは、精霊の御元まで即座にケツを蹴りあげてやりてぇところだ、ところです。
だがそこは冷静に考えないといけねぇ。敵の敵は味方だ、それに優先順位もある。剣帝と魔王を作っているアノーマリー。どちらがより排除すべきかと考えれば、是非もなくアノーマリーだ。俺一人でやってもいいんだが、協力者がいるにこしたことはない。確率は少しでも上げるべきだ、そうだろうが? そうですよね?」
「話はわかりました。あなたにとっては利のある話でしょう。それで、私の利はなんでしょうか?」
「アノーマリーの元に連れて行ってやる。俺はもうこの迷宮のからくりを知っている。お前の能力じゃ、このまま探索を続けても煙に巻かれるだけだ。
仮にたどり着けたとしても、非常にまずいかもな。アノーマリーの奴、厄介なものを起動させようとしていた。お前たちに内緒で作っていた魔王だろうな、あれは。辺境で活動する俺でも見たこともない形だった。ちらりと見たが、まずい予感しかしない。あれを動かされたら、少なくともアノーマリーには逃げる隙を与えることになるだろう、でしょう」
「ふむ」
ティタニアはしばし考え込んだが、メイソンなる者が相当に腕の立つ人物であることはわかった。何せ自分に気づかず接近することができるのだから。眼を見る限り、嘘を言っているとも思えない。
だが、信用に足るかといえば話が別である。
「一部、条件付きの協力ならよいでしょう。だが、信用したわけではありません」
「もちろんだ。俺がアノーマリーの真の工房まで連れて行くが、そこからは別行動の方がいいだろう。互いに手の内を明かしたくはないだろうしな」
「真の工房?」
「そうだ。この迷宮自体、偽物だ。侵入者を惑わすために作られた偽物なんだよ。どこまで行っても出口はない。さっきの穴掘り野郎を倒したから、これ以上広がることはないだろうがな、でしょうが」
ああ、なるほどとレイヤーは納得した。このあたりの鉱物の性質かぼうっとあたりが光るからなんとか少ない松明でも動けていたが、道理でまともな明かりがついていないと思っていたのだ。普通、よく使う道なら灯りくらいあるはずだと思っていたのだ。
ティタニアも同じことを考えたのか、渋い顔をしてメイソンを問いただした。
「なぜあなたはアノーマリーの真の工房に気付いたのでしょうか」
「最初にこの迷宮に来た時、既に幻獣が方々で戦っていてな。巻き込まれてはかなわんから、使い魔を使用して戦いの様子を探っていた。そのうち、非常に強力な三体の魔王が出現し、そのうちの二体が転移を使った。転移の痕跡を追い、真の工房に行きあたった。それだけだ、だけです」
「なるほど。ではこのあと案内をしてくれるのでしょうか」
「準備がよければ今からでも」
メイソンが転移を使用するために手を差し伸べたが、ティタニアはその手をとらなかった。
「お主にあらぬところに飛ばされてはかなわんからな。私はあなたの転移の痕跡を追っていくとしよう」
「用心深いことだ。では先に行く、行きます」
メイソンは眼鏡を直すと、さっさと転移でその場から姿を消した。ティタニアは黒剣で空間を斬り裂き、メイソンの後を追う。そしてちらりとレイヤーの方を見た。
「ついてきますか?」
「当然」
「そうか。私を信頼してよいのですか?」
「今更。僕を罠にはめるだけの意味がないよ」
「ふ、確かに」
ティタニアの微笑を伴う返答にどこか不思議な親近感を感じたレイヤーだが、深くは考えなかった。だが、ティタニアはよく考えれば誰かと共に行動するなど実に久しぶりであり、かつて自分が父や兄と共に旅したことをふと思い出したことなど、レイヤーには知る由もなかった。
***
アルフィリースたちは人一人がやっと通れる程度の幅の通路を進んでいた。灯りを入れる場所があることを考えると、ここは確かに通路として使われているようだ。アルフィリースたちは通路を灯しながら、奥へ奥へと進んでいく。そして開けた場所に出ると、そこには鋼鉄の門があった。
「どうやら正解みたいね」
「鍵がかかってるんじゃねぇのか」
「そんなもん、ぶっ壊しゃいい」
獣人たちの強引な意見をウィクトリエがたしなめる。
「まあまあ、穏便に済む方法があるかもしれませんし。それにここに表札がありますね、どれどれ・・・『アホが見るブタの尻』・・・ふふふっ」
表札をのぞき込んだウィクトリエが薄笑いを浮かべながら、正拳で鋼鉄の門を突き破っていた。その早業と豪快さに、傭兵たちの多くが青ざめざるをえなかった。
「あの――ウィクトリエ? 穏便に済ませるんじゃ?」
「何のことでしょう? それより門が開きました、参りましょうか」
「えーと、怒ってる?」
「何のことでしょうか。私は何も見ていませんが?」
振り返ったウィクトリエの笑顔が怖くて、全員何も見なかったことにした。なるほど、バラガシュが崇めるのもわかるかもしれないと、アルフィリースは思うのだ。畏敬の念を集めるのに必要なのは、実力、寛大さと恐怖なのだから。
そしてリサがウィクトリエに随伴するように、行き先を探りながら歩く。
「やれやれ、アルフィリースの周りに集まる女性はどうも短気でいけません。怒るとまるで悪鬼のごとき圧力を発するのですから。リサのように、心清らかにいつも冷静な仲間もたまには増えてくれませんかね」
リサの冗談めいた独り言には誰も応えない。リサに一言えば十返ってくるというのもあるが、それ以上にイェーガーは全員緊張していた。鋼鉄の門より先に進んでから、絡みつくような圧力を全員にのしかかっていたからだ。
続く
次回投稿は、4/14(火)10:00です。




