封印されしもの、その51~戦士の覚醒⑥~
「その剣は『シェンペェス』といいます。持ち主を呪う魔剣の類ですが、切れ味は比類なき名剣です。その剣を扱えるだけの精神力を持っているかどうか、試すとしましょう。剣に自らの血を吸わせてみなさい」
レイヤーは不可思議な感覚を覚えたが、言われるままに指の腹を小さく斬って剣に血を吸わせた。すると突如として剣の禍々しさは膨れ上がり、レイヤーの意識の底から血を求める衝動が湧き上がってくるのを感じたのだ。
「が・・・あっ」
「つまるところ剣士とは、最後は己との戦いになります。いかに自らの限界を定めることなく、さらなる高みを目指せるか。よく肉体の限界が人間は低いと言われますが、精神さえ強靭であれば肉体的な限界を超える方法などいくらでもあります。私が女の身でありながら最強と呼ばれるように。魔剣に飲まれる程度の精神力なら、最初から剣士としての能力などたかが知れています。さて、あなたはどうでしょうか?」
ティタニアの怜悧な声を、湧き上がる破壊衝動を抑えながらレイヤーはかろうじて聞き取っていた。もし自分がシェンペェスなる剣に呑まれれば、ティタニアは自分をあっさりと見限り殺すだろう。
レイヤーは呼吸を整え、破壊衝動に耐えた。そしてよく考えれば、それは生まれた時から繰り返してきた作業に似ていることに気付く。生まれた時から自らの業を振るうことなく、普通の人間のように振る舞った。その行為は、自らの欲を抑えるに等しい。
レイヤーは呼吸を整えると、ティタニアに正対した。湧き上がる破壊衝動はいまだ健在だが、耐えれない程度ではない。ティタニアはレイヤーを見ると、軽く頷いた。
「容易く呑まれはしませんか。ならばここからが本題です。私がよいと言うまで、攻撃を凌いでみせなさい」
「攻撃・・・を?」
「そう。剣帝と呼ばれた私の、加減無しの攻撃です。その魔剣を使いこなせていれば、可能となるでしょう。いきますよ!」
レイヤーに肯定の時間は与えられなかった。唸りをあげて襲いくるティタニアの一撃を思わず剣で受けた。それなりの体格とはいえ、女の一撃である。レイヤーが両手で受ければ、そのまま弾き飛ばして反撃も可能なはずだった。
なのにレイヤーの手には凄まじい重みがかかり、一瞬で両手が痺れた。一撃で押し込まれ後ずさるレイヤーは、両手の痺れが取れず反撃に出られないことを瞬間に悟った。
「(女が振るう剣じゃない! なんて奴だ!)」
美しい絶望がレイヤーの正面から迫る。剣を合わせたら負ける。レイヤーは紙一重でティタニアの剣を躱そうとしたが、背筋がぞくりとして大きく跳びずさった。すると跳びずさったはずなのに、衣服が斬りさかれていた。
風圧で斬ったのか、それとも見えない剣筋があったのか。レイヤーは痺れる手に力を込めて、攻勢に出ることを決意した。とてもではないが、守勢でしのげる剣ではない。
「おお!」
「その気概たるや、よし。ですが」
レイヤーの猛攻をあっさりといなしきるティタニア。10合ほども打ち合ったところで、突如として剣戟の間にティタニアの反撃が混ざる。レイヤーは下段からの殺気を感知してまた跳びのいた。
ティタニアが少し感心したような顔になる。
「ほう、勘は良い。シェンペェスを使いこなさずに、その身のこなし。ではこれも躱せますか?」
揺らめいたのはティタニアの剣先。飛んできたのは無数の斬撃と殺気。レイヤーの眼をもってしてもそれらの全てを捕えられたわけではなく、防いだのはほとんど本能に過ぎない。だがそんな攻防が二度、三度と続くと、偶然では済まなくなってくる。そしてレイヤーは奇妙な体験をした。
頭の中に光景が浮かんでは消える。シェンペェスを振るう自分ではない誰かと視野がかぶり、体験を共有する。その体験は強敵の仕留め際であったり、あるいは持ち主自身の死に際であったりした。ティタニアのとの戦いの最中に起こったその体験は、瞬きすらも長く感じるほどの一瞬でありながら、レイヤーにとっては百の戦場を駆けたに等しかった。
そしてその体験が終わった時、ティタニアの無数の斬撃からレイヤーは一つを選び取り、つばぜり合いに持ち込むことに成功したのである。剣を挟んで見つめ合うティタニアの顔が綻んだ。
「得ましたじゃ」
「・・・かもしれない」
「どのような印象を得ましたか?」
「剣が語り掛けてきたような気がした。これはいったい・・・」
レイヤーの疑問にティタニアが回答する。
「シェンペェスは意志を持つ魔剣ですから、持ち主を取り込もうとして語り掛けてきます。だがあなたなら魔剣の欲に取り込まれることもないと思い、渡したました。だが剣の声が聞けるかどうかは賭けでした。だから生死の境に追い込んでみたのですが、うまくいったようですね」
「もし取り込まれていたら?」
「わかりきったことを。切り捨てるまで」
ティタニアの当然といわんばかりの返答にレイヤーはため息をつき、剣を収めていた。ティタニアは続ける。
「魔剣に限らず、長く人の手にある武具というのは意志や記憶を持つ者が多い。それらの記憶や声を聞くことで自らの糧とすることが可能です。人間の命は普通、短い。限られた時間で強くなろうとすれば、剣の声に耳を傾けることが必要になります。それこそが剣士の極意」
「どんな剣でも、応えてくれるのか?」
「とは限りません。相性もありますし、私とて全ての武器防具の声が聞こえるわけではないのです。まあ私に才能がないといえばそれまでですが、仮にそんな者がいたら、そいつの精神はもはや人ではないでしょうね」
「そうか、納得した」
「ならば、今度は先ほどの幻獣の牙を持ってみるとよいでしょう」
レイヤーがヴォルスの牙から作られた剣を手にすると、そこからは記憶が流れ込んできた。断片的ではあるが、ヴォルスが雪原を駆ける光景や、あるいは獲物を仕留める光景が流れ込んできた。
「今のもそうなのか」
「その牙は共に戦った戦友のものだから、より協力的でしょうね。これからはその剣と共に戦うがよいでしょう。さて、シェンペェスは返してもらいましょうか。魔剣の類ですし、長く持たぬ方がよいでしょう。基本、その剣は血と狂気を欲している」
「いや、この剣も貸してもらえないだろうか」
「何のために?」
レイヤーはもう一度シェンペェスの声を聞こうと意識を集中した。先ほどのようにはいかないが、何か声が聞こえるような気がする。怨嗟の声に混じって、何かを訴えているようでもあった。
「・・・そうでもないかもしれない。まだ何かわからないけど、この剣は僕に何か伝えようとしている気がする」
「そうですか、剣士としての本能がそう告げるならあげても構いません。だが忠告をしておきます。人の恨みつらみ重なった魔剣の類は、間違いなく持ち主を滅します。その身が惜しくば、あまり剣には深入りしないことです」
「忠告どうも。それで、僕も一緒に行ってもいいんだね?」
「仕方ありません、こちらの条件は達成しましたので。さて、そうなると相手の位置ですが、今のまま探索するのも面倒です。ここからは予定を繰り上げていきますよ」
ティタニアは大剣をずん、と地に突き刺すと、センサーの容量でこの迷宮の道筋を探った。反響が返り、迷宮の構造がティタニアに感じ取られていく。
「この迷宮に入った時は幻獣達やヘカトンケイルが多数いたせいでうまくできませんでしたが、一日以上経過して大方が掃討されたようですね。もはや生きている者は数少なくて・・・ですが、それにしても広い」
「この迷宮、さっきのディッガーとかの通り道だよね?」
「そうですね、迷宮を作っていたとでも言えばいいのでしょうか・・・妙ですね、迷宮の中にアノーマリーらしき者の姿がない。それにどこまで行ってもこの迷宮は無秩序で・・・どういうことか」
「教えてやろうか?」
背後から突然かけられた声に、ティタニアが驚いて振り返る。彼女が虚を突かれることなど早々あるわけではないのだが、確かに先ほどまで何の気配も感じていなかった。
振り返った先には、神官服の男。白を基調に黄金の刺繍やボタンをしつらえたその服は、ティタニアも見たことがあるアルネリアの巡礼者の装備だった。
続く
次回投稿は、4/12(日)10:00です。




