封印されしもの、その49~魔王の棲家④~
「さて、この横穴をどう考えたものか。リサ、どうだい?」
「リサのセンサーで感じる限り、この穴は曲がったり上下したりしながら、時に合流し、時に分かれ、無造作に掘られたとしか考えられないものです。相当広い迷宮ですよ、これ」
「そうなると隊を分けて進むか、まとまってじっくりと探索するか。どうするよ、アルフィ?」
ロゼッタがアルフィリースに意見を求めるが、アルフィリースはまるで別のことを考えていた。広い空間をぐるりと見渡し、穴がない方の壁に近寄ると壁を叩き始めた。
「なにやってんだ、アルフィ?」
「この迷宮、誰が何のために作ったんだと思う?」
「ヘカトンケイルの残骸もあったし、そりゃあ黒の魔術士が・・・妙だな」
ラインは自分で言おうとして、おかしな矛盾を抱えていることに気付いた。ダロンが問いただす。
「何がおかしい?」
「この大地は元々封印されていた、住んでいる人間もわずかだ。彼らの行動範囲はここから外れているし、魔獣たちの侵入はあるかもしれねぇが、それは魔術で防げばいいだけの話だ。確かにこそこそ何かをやるにはいいだろうが、こんなだだっ広くて複雑な迷宮を作るのは必要もないし、割に合わないって言ってるんだよ」
「では逆に複雑な迷宮を作るとしたら、どのような可能性を考えるべきかしら」
アルフィリースの問いに、ラインがしばし考えた。
「そうだな・・・仲間にも隠しておきたい何かを研究している、とか」
「そうなると、確実にここの工房の主は黒の魔術士を裏切っているわ。もしかすると、話次第では協力が得られるかもしれない」
「協力? 黒の魔術士から?」
リサが疑惑の声を上げたが、アルフィリースはさも当然とばかりに続けた。
「敵の敵は味方になりうるわ。最低でも、情報は得られるかも」
「アルフィリース、この工房の主は高い確率でこの大地の秩序を乱す者です。それでもあなたは協力を求めると?」
「そう怖い顔をしないで、クロー。交渉次第よ。それにはまずここの主に会わないといけないのだけど・・・」
アルフィリースは叩いていた壁の一部の音が変わったことに気付いた。その場所から少し離れて、ダロンを呼び寄せる。
「ダロン、ここの壁をちょっと全力で叩いてもらっていいかしら」
「承知した」
「何やってる?」
「考えても見てよ。ここの主が自分だとして、リサのセンサーも届かないほどだだっ広い道を歩きながら出入りしたいと思う? 転移の魔術を使うにしろ、そうでないときは面倒くさくてしょうがないわ。私なら迷宮を罠にして、近道を作っておくけどね」
ダロンが壁を壊すのと、アルフィリースの説明が終わるのは同時だった。果たして、壁の向こうには通路が続いていた。
「この迷宮を作ったやつは性格が相当ひねているか、よほど独創性に富んだ奴のようね。あちらのこれ見よがしに別れた道は、おそらくどれも正解ではないのでしょう。さあ、先に進みましょうか」
アルフィリースが先頭に立って進むのを見て、団員たちがはっとして後に続く。アルフィリースのその発想と行動を心強く思う者と、不思議な気持ちで後に続く者と、二種類に分かれていた。
***
ティタニアとレイヤーは交代で仮眠と休息をとった。ティタニアはレイヤーが数える通りほぼ一刻程度で一度目を覚まし、レイヤーに休憩と睡眠を促した。レイヤーは普通の人間と比べて相当頑強にできてはいるが、その彼とて睡眠と食事は必要とする。彼は携帯していた食事を口にいれると、座ったまま睡眠をとった。別にティタニアのことを信用したわけではないが、嘘を言うような人間ではないという確信だけはあった。
そして目を覚ました時、ティタニアが剣を研いでいる光景が目に飛び込んできた。それは、ヴォルスの牙だった。
「幻獣のような高等な生物の牙を研ぐのは久しぶりです。形見ですか」
「そういうわけじゃないけど、なんとなくそんな気がして。さっきの戦いで使わせてもらった。まさか、剣にするつもり?」
「というより、もはやそうしました。剣を一つ失ったようですので、このままでは困るでしょう?」
「驚いた。剣帝は鍛冶屋でもあるのか」
「武具の手入れに精通しているだけですよ。たまたまぴたりとくる柄があったので、加工してみたら上手くいきました。鉱石からの加工もある程度心得がありますが、それも一定までのことです。結局のところグラムロックやレーヴァンティンのような、神代の時代に作られたと言われる武具には遠く及びません。魔剣や精霊剣も同じく。少々強い剣を作れる程度のものでしょう」
ティタニアは研いだヴォルスの牙を眺めながら、ほうり上げた石に向けて剣をかざした。落下してきた石は見事両断され、剣には刃こぼれの一つもなかった。
「良い剣となりそうですね。この牙の持ち主であった幻獣があなたのことを認め、共に戦いたいと望んでいるのです。氷や水の精霊の加護もあるようですし。鞘は腕の良い鍛冶屋に氷晶石か水蜜石で作ってもらうとよいでしょう。それで剣や鞘の劣化を防げるはずです。鞘は剣にとっては家も同然だから、性質の近いもので作ってあげるのが最適です」
「そこまでしてもらってなんだけど、僕には返すものがないよ」
「お返しなどいりませんよ。良い剣士にしかこういうことはしませんし。あるいはこれから良い剣士になりそうな者でしょうか。良い剣士は剣に選ばれます。その腰に刷いた剣も、あなたを選んだのでしょう。だからこそ、サイレンスに勝つことができたのではないかと思っているのですが」
レイヤーははっとして腰の剣に手を当てた。サイレンスを仕留めた時の戦利品であるマーベイス・ブラッドだが、ティタニアがその存在を知っていてもおかしくはない。レイヤーはしまったと思ったが、ティタニアは意に介していないようだった。
「気にする必要はありません。戦場では弱い者が死ぬ、それは私とて同様です。サイレンスを仕留めたのがあなたなのは多くの仲間が知っていますが、だからといってどうこうしようという気はありません。少なくとも、今の私には。
それに私としては、あの男が死んでほっとしています。あの男は確実に周囲を巻き込みながら破滅を目指している人物でした。我々とは違う」
「・・・そう? 他の黒の魔術士も、聞いた限りでは人殺ししかしていないように感じるのだけど」
「短期的はそうかもしれませんね。それにドゥームやブラディマリアは確かにその過程を楽しんでいるようです。だがそれ以外の者は違うでしょう。それぞれが自らの要求や理想、あるいは目標を掲げているのです。私もそうだし、おそらくはアノーマリーですらそうだと思っていますが」
「アノーマリー?」
「この工房の主ですよ」
ティタニアがさらりと工房の主の名を告げた。驚くレイヤーをそのままに、さらにティタニアは話を続けた。
続く
次回投稿は、4/8(水)11:00です。




