封印されしもの、その48~魔王の棲家③~
それは、あるいはこの迷宮に入った時から感じていた予感だったかもしれない。この予感は最初こそ漠然とした不安だったが、先ほどの魔王たちを見て確信へと変わった。この予感の主は、先ほどの魔王のどれかに違いないと。そして距離を離したとて、決して逃げることができないとわかった。
倒すしかない。そうでなければ、この迷宮にいる限り少しずつ戦力を削られ、全滅することになるだろうと理解したのだ。ただ、その理解が遅かったのか。すでに敵は行動に移していた。
***
異変に気付いたのは、アノーマリーの工房にたどり着いたアルフィリースたち。ピートフロートの案内と、アルフィリースやクローゼスの精霊との対話、リサのセンサーなどを駆使して、彼女たちはほぼ最短距離を通ってアノーマリーの工房にたどり着いていた。テトラポリシュカが転移で消えてから、ほぼ一日後の出来事である。
だがたどり着いたその場所には、一目瞭然として大きな戦闘の爪痕があった。
「おいおい、これは・・・」
「ヤマゾウたちが全滅している?」
真っ先に駆け寄ったのはウィクトリエ。リサ、ライン、ルナティカ、クローゼスがそれに続く。だが、その場に生きているヤマゾウたちは一体もいなかった。むろん、無数の輪切りにされた状態で生きているはずもないのだが。
血に染まった雪原を前に、ウィクトリエが一人唸っていた。
「ヤマゾウの巨体をこれほどまでに切り刻むとは一体何者が・・・」
「ヘカトンケイルと争ったが跡があるな。それに魔王とも。他にもちらほら死体がありやがるが、一体何があった?」
「理解に苦しむ状況ですね。彼らが全滅してからさほど時間は経っていないようです。まだ肉は温かさを残していますから」
「この大地には幻獣に率いられた群れが三つあります。ヤマゾウ、キバヒョウ、ユキオオカミ。それらの群れを率いる幻獣三体が手を結んで決起したのでしょう」
「ですがウィクトリエ、ヤマゾウはここで何をしていたのでしょうか。死体は彼らのものばかりですし、敵が襲来したにしては、抵抗の跡がほとんどありません。一息に彼らを殺したのでしょうか。リサのセンサーにも何もかかりませんし。敵の防衛線すらないとはいったい・・・」
「私とてわかりませんどうやら防衛線を突破したのは間違いないのでしょうが」
「後から来た何者かにやられた?」
「そうとも考えられます」
リサもウィクトリエも難しい顔をしながら、八つ裂きになったヤマゾウたちに手を合わせていた。ルナティカは死体を調べたあと、すぐに周囲を捜索する。そしてしばらく先に、ぽかりとその口を広げた大穴を見つけた。
「洞穴らしきものがある。どうする?」
「もちろん行くわ」
「気を付けた方がいい。ヤマゾウたちをやったのはおそらく一体の敵。相当手ごわい」
「わかっているわ。切り口が全部同じだったものね」
「ああ、どんな武器を使ったのかはわからないが」
ルナティカが疑問を口にした。そして口には出さないが、レイヤーの姿が見えないこともルナティカは気にしていた。
「(レイヤー、まさか死んでいるとは思わないが、連絡がない。何かの問題に巻き込まれていなければよいが)」
そのルナティカとて、まさかレイヤーがこの先で既に戦っていようとは夢にも思わない。そしてアルフィリースたちはほぼ垂直に近い縦穴を下り始めた。既に魔王の死体は腐って溶けており、鼻をつく不快な匂いだけが残っていた。アルフィリース達は縦穴に簡易の梯子のようなものを作りながら、下に降りて行った。
地上を守る留守番にはエアリアル、ラキア、エメラルド、インパルス、フローレンシア、ヴェンなどを残し、獣人たちを中心に下に降りたアルフィリース。身の軽い獣人なら、いざというとき脱出しやすいと考えた。
そして下に降りると、ピートフロートが脱出用の転移の魔法陣を作っておいた。これで地上とのやりとりがしやすくなる。もっとも起動できるのは魔術の心得のあるものだけなので、あくまで予備だ。
アルフィリースは広い空間をぐるりと見回し、無数にできた横穴を観察していた。
続く
次回投稿は、4/6(月)11:00です。




