封印されしもの、その45~戦士の覚醒③~
「勝負あった。これ以上は無粋というものぞ、魔王。去ればよし、去らねば――」
女は既に黄金の大剣を抜いていた。口調こそ穏やかだが、いつでも戦闘できる構えである。歩くたびに腰よりも長く、中ほどを赤いリボンでくくった黒髪が揺れていた。
ディッガーは不快だった。自分以外の者は自分に怯えなければならない。彼が魔王になる前から、ずっと周囲はそうしてきた。図抜けて大きく成長したユキヒルであった自分を、どんな生き物も避けて通ったものだ。ただ一人、よく顔も思い出せない奴以外を除いては。
だが目の前の女は怯えるどころか忠告をしてきた。まるで自分の方が上だとでもいいたげに。ディッガーはこの上なく不快で、我慢できなかった。他者の全ては自分の餌なのだという自負が、どうしても消えなかった。
「去らねばどうする? 言ってみろ、餌め!」
ディッガーは返答も聞くことなく突撃を開始した。今までの中で最高の回転と突撃速度。ディッガーは頭が一つ潰されたことで、自らの能力が上がったことを感じていた。おそらく、危機に瀕する度に力が湧いてくるのだろう。ディッガーは漲る力に確信を得て、そして――
「・・・は?」
頭から尾まで真っ二つにされ、今まで感じた力が体から抜けていくのを感じていた。ディッガーは自分を両断した女の顔を、半分に割れた頭で振り返った。女はまるで「こうなることはわかっていたのに」とでも言いたげに、小さくため息をついていたのだ。ディッガーは生まれて初めて屈辱を味わうのを感じたが、同時に感じた恐怖は人生二度目だったことを思い出す。
それは自分を捕獲した、アノーマリーとかいう男のこと。何のためらいもなく自分の体を弄び、新たな力を与えるとともに忠実な下僕に仕立て上げ自由を奪った。笑顔で他者を切り刻む、生来の狂人。ディッガーは怒りと恐怖がないまぜになった感情が、崩壊する体と共に四散していくのを感じながら、今度こそ完全に消滅した。
ディッガーを完全に消滅させたティタニアは、レイヤーを一瞥するとその手からヴォルスの牙をゆっくりと取り上げた。指を一つ一つ外すその仕草は、生まれたばかりの子どもをあやすようでもある。レイヤーは指からヴォルスの牙が離れて初めて、ティタニアによってそうされたことに気付いた。
「つっ」
そして指が離れて初めて、レイヤーは握り込んだ手に痛みが戻ってくるのを知った。ティタニアは懐の小刀を抜くと、レイヤーの傷口に輝く刀身をぴたりと当てた。
「さきほどの幻獣といい君といい、見事な戦いぶりだった。ここにいる魔王はアノーマリーの特別性。世に放った魔王どもよりも遥に上の戦闘力を有する個体ばかりだ。さきほどの幻獣を失ったのは惜しかった」
「・・・ばかり? こんな奴が他にもいると?」
「その心配はほぼあるまい。アノーマリーがその昔ライフレスに貸し与えた10体のうち、先ほどので9体目だ。他の8体はもう処分している・・・新たに作られた個体がなければだがな。もういいだろう」
ティタニアが小刀をしまうと、レイヤーは傷口がぴたりと塞がっていることに気付いた。特に魔術が発動した様子はなかったのに、解せぬ結果だ。驚くレイヤーにティタニアが告げた。
「戻し切りという。斬られたことを無機物にも意識させぬとでもいうのか。傷口に沿って軽く新たな傷を作り、戻る力を利用してくっつけさせただけだ。大したことはしていない。
ただ接着面は弱いから、しばらくの間、布か何かで縛って固定しておくことだ」
「大したことはしていないって・・・」
レイヤーは驚きを隠せない状態だったが、目の前の女剣士の技量が尋常ではないことも気付いていた。そしてその正体にも。
「貴女は黒の魔術士?」
「そうだ。そういう君は何者だ。ここの原住民とも違うようだし、アルフィリースの仲間か」
「ああ、レイヤーという」
「ふむ、剣士に向いた良い名だ。私はティタニアという」
ティタニアは顔色一つ変えずに宣言したが、レイヤーは思わずごくりと唾を飲んだ。無学なレイヤーでも知っている、伝説の剣帝。リサやルナティカから実在する敵の名前だと聞かされてはいたが、まさか自分の目の前に現れるとは思わなかった。そして、その実力が申し分ないことは、先ほどディッガーを一刀両断したことでいやでもよくわかった。
だが敵意は微塵も感じない。アルフィリースと黒の魔術士は一時的な停戦状態にあると聞いていたが、どう判断すべきかレイヤーはティタニアに直接問うた。
続く
次回投稿は、4/1(水)11:00です。