封印されしもの、その44~戦士の覚醒②~
「ヴォルスっ!」
レイヤーはたまらず叫んでいた。レイヤーがヴォルスに友情めいたものを感じていたわけではない。だが、ヴォルスは確かに立派な戦士だった。そしてそんなヴォルスをレイヤーは頼もしく思い、そして共に戦う仲間だと感じていた。
レイヤーは自分が仲間を案ずるような思考をするとは思っていなかったが、思わず視線はヴォルスに釘付けになった。だが崩れ落ちるヴォルスの眼に宿っていた最後の光が、レイヤーをその場に踏みとどまらせた。眼が、くるな、と告げていた。そしてもう一つ、やるべきことをやれと。
レイヤーはすべきことを悟った。
「こっちを向けぇ、魔王!」
ディッガーの背後に回ったレイヤーの咆哮が、大音量で響き渡る。尋常ならざる殺気に、思わずディッガーがレイヤーを振り返った。瞬間、格好の獲物を見つけたとディッガーが歓喜する。
「ニンゲン、ドウスル?」
「決まっている、お前を倒す!」
レイヤーは剣を向けた。そして叫ぶ。
「ただし、ヴォルスがだ!」
「ナニッ!?」
ディッガーの振り返った瞬間、その眼前には上半身だけのヴォルスがいた。最後の力を振り絞って氷の魔術で血を止めたヴォルスは、下半身を犠牲にしてディッガーにとびかかっていた。レイヤーは速度の半減したヴォルスに隙を作るため、わざと大声を出したのである。
ヴォルス自慢の牙がディッガーに迫るが、間一髪頭部を守るために閉じたディッガーの鱗が、ヴォルスを挟み込んでその突進を止めていた。ディッガーにため息をつくなどという行為は存在しないが、思わぬ攻撃に肝を冷やしたか、その動きが一瞬止まる。
その瞬間、閉じかけた頭部に感じる重み。頭上にはレイヤーが飛び乗っていた。
「ヴォルス、確かに命をかけた隙をいただいた」
レイヤーの剣が、閉じなかった鱗の間を滑るように閃いた。放たれること八度。ディッガーは悶絶しその巨体を揺らしたが、その程度で倒れるような生命力ではない。
ディッガーは身を捩じってレイヤーを振りほどこうとすると同時に、挟まっていたヴォルスの死骸を放り出して、再びその頭を鱗に包もうとした。その刹那、風のように通り過ぎたレイヤーが、宙から落ちざまディッガーの急所を剣で貫通するまでは。
ディッガーは勢い余ってレイヤーの剣を挟んで砕いたが、確かにレイヤーの手には手ごたえがあった。事実、倒れ込んだディッガーの巨体は鱗が締まりきらず、頭部がやや露出する格好になっている。致命傷を受けた生き物の口が少し開くのと同じように、痙攣をしながらディッガーは自ら流した血の泉に倒れていた。
レイヤーは一瞬後悔した。剣を失うのは、剣士として失格であると。サイレンスから拝借した一刀は温存し、名もない市井の剣で戦っていたのだが、それなりに手間暇かけて丁寧に使っていた剣だ。愛着がないわけではない。たとえあの場面では他にどうしようもなかったとしても、多少の悔いが残ってしまう。
レイヤーはふとヴォルスの死骸を目で追いかけた。もしかすると、幻獣である彼ならまだ何か言葉を聞けるかもしれないと思ったが、ヴォルスは完全に息絶え、その死骸を無残に晒すだけだった。彼の頭部の横には、折れた牙が墓標のように突き立っている。レイヤーは知らず、その牙の方向に足を向けていた。
牙までおよそ十歩でレイヤーの手が届くかどうかのところで、レイヤーは猛然と走り始めた。後ろからはディッガーが頭の鱗を締め切らぬまま、レイヤーを削り取るのではなく押し潰すために突撃してきた。屈辱だとでもいうのか。ディッガーは奇声を上げながらレイヤーに猛然と突貫する。
レイヤーは本能で牙を握ると、凍らされることで曲刀のように鋭くなった牙を宙がえりしながら、下から振り上げた。体重の乗らぬ一撃だったが、その牙はあまりに鋭かったのかディッガーの集積し損ねた鱗を斬り裂き、今度こそ致命傷となった。
曲刀となった牙を素手で握り込んだせいで、レイヤーの掌からは血が流れ出ている。
「ヴォルス、結局君が倒したよ」
レイヤーは大きく息を吐くと、ヴォルスの亡骸をこのままにはできないと思案したが、その心配は一瞬で無用となった。ヴォルスの亡骸は、地面から飛び出た黒い竜巻によって一瞬で粉みじんとなり、四散したからである。
「そんなっ」
レイヤーは死んだはずのディッガーを振り返った。すると、潰した頭部ははずれ、次の体節から新しい頭が出てくるではないか。そして今度の頭は、より明瞭な言葉を発した。
「惜しかった、きちんと死体は残さず燃やすべきだぞ小僧。今度は油断はしない、覚悟するがいいい」
レイヤーは失敗を悔やんだ。魔王は倒せばその体が崩れることを知っていたはずなのに、崩壊を確認しなかった。レイヤーは再度ヴォルスの牙を握り込んだが、ヴォルスが死んだことで魔術で編まれた氷は急激に解け始めていた。先ほどのような硬度はもはや期待できない。それに頭を潰しても、次の頭が再生するのだろう。ディッガーの体は馬10頭以上に及ぶ。全ての頭を潰すことがいかに困難な作業か、レイヤーにも容易に想像がつく。
脱出も困難だと悟りレイヤーの頭に死の予感が巡った時、彼らがいる部屋に悠然と歩いてきた者が声を発した。
続く
次回投稿は3/30(月)11:00です。




