封印されしもの、その42~小休止②~
「・・・ヴェンに与えた役割は、傭兵団内の裏切り者を探すことか?」
「そんな大仰なものじゃないわ。ただ、急に私の傭兵団は人が増え始めた。私がオーランゼブルの立場ならどうするかと思ってね。そろそろ数名、あるいはオーランゼブルとは関係なく、どこかの潜入工作員がもぐりこんでいるかもしれない。ヴェンにはそれらしき人物がいたら、報告を上げるように言ってあるわ。その過程であなたの噂も飛び込んできたのよ。他にも色々と気になることはあるけど、とりあえず今の傭兵団は順風満帆のようね。
フリーデリンデからも継続して天馬騎士を派遣してもらえるし、なんなら増員してもいいと言われたわ。今はグルーザルドのドライアン王に特使を派遣して、獣人たちの継続した派兵をもらえないかどうか交渉しているところよ」
「お前・・・そんなに戦力をため込んでどうするんだ」
「決まってるわ、黒の魔術士との戦争に備えるのよ」
「いや、それなら諸国の軍隊を派遣でもらってもあまり意味がない。それよりも野に下った高名な人材を――お前、まさか各国を黒の魔術との戦争に巻き込むつもりか?」
ラインがアルフィリースを見ると、アルフィリースは冷めた目でラインを見つめ返してきた。その表情を見て、ラインは自分の意見が的を得たことを知る。さしものラインも表情が曇った。
「アルフィ、やりすぎじゃねぇのか」
「私はそうは思わない。どのみち彼らが動けば他の国もただでは済まないのよ。表ではアルネリア教会が動いているけど、それでは遅いかもしれない。でもなんとなくでも対抗策ができていれば、私のところに戦力を集めることができるかもしれない。まだ具体的ではないけど、下地を作っているところかしらね。最悪なのはどの国も自覚がないまま、あるいは時間を取れずに各個撃破されることよ。だって、いくらなんでもイェーガー単独で渡り合えると思っているほど自惚れてはいないわ」
「ミリアザール、あるいはミランダと打ち合わせた結果か?」
「まだ何も。でも、向こうも同じことを考えている可能性はあるかもね。さて、そろそろ小休止はよいかしら。出立したいのだけど」
アルフィリースが立ち上がろうとして、ニアとヤオがこちらに近づいてくるのが見えた。彼女達は獣人の何人かに体調不良の者が出ていると訴えてきた。
「凍傷?」
「とまではいきませんが。ただの風邪でしょう」
「人間よりも先に獣人が体調不良とは情けない」
「だが体調不良なら仕方ない。他にも体調の悪化を訴えている者はいるはずだ。ただ今さら引き返すこともできないから、彼らの分の荷物を分散して持ちながら、彼らを中心にして陣を組もう。それでいいな?」
ラインの決定の元、即座に行軍は再開された。その際、獣人を中心に、ちょっとしたざわめきが起きていた。
「もう移動かよ。もうちょっと休ませてほしいもんだぜ」
「人間って体力あるよな」
「少なくとも、寒冷地での行軍は俺等よりも向いてるぜ」
「違ぇねぇ」
選抜された猛者といえど、この悪路かつ変化の激しい気候では消耗が激しい。獣人達に人間の軍隊のような規律正しさはあまり親しみがない。ただ彼らは戦うべき時には戦い。それ以外は日常として過ごすだけである。だから不平不満があれば遠慮なく口にするし、逆に言えば彼らを統率できる者とは、多少の不満があろうが力で黙らせるか、獣人の要求を十分に満たせる者に限られる。
今回の遠征はドライアン直々の取り決めであるうえ、志願者がほとんどで構成された遠征部隊であるだけに、彼らも不満があろうとも声を大にしたりはしない。せいぜい獣人の中で愚痴として言い合う程度だった。
「それにしてもよう、体調が変わらないのってグラフトンぐらいじゃねえか」
「ああ、あいつは頑強さだけが取り柄の体力馬鹿だからな。今もほら、三人分の荷物を担いでやがる」
全員が見た先に、クマの獣人であるグラフトンが歩いていた。彼は荷物を背負い、黙々と歩いている。その無表情で寡黙な獣人は、しょっちゅう頭が足りないのではないかと仲間にからかわれることが多かった。
「けっ、こんな北国でも表情が変わりやしねぇ。つまんねぇ奴だ」
「てめぇもちっとは見習ったどうだ、ガウス。カラスの癖に、空も飛べねぇから偵察もできねぇじゃねぇか、この役立たずが」
「バッカ野郎、この空は10mも上昇したら乱気流の嵐みてえなもんだ。あっという間に羽の根っこが凍っちまって、墜落すらぁ」
「そしたら頭から綺麗に地面に刺さってくれよ? せいぜい馬鹿にしてやるからよ」
獣人たちから笑い声が上がる。だが体調不良の者が多いせいか、どことなく元気がなく、乾いた笑いたった。その笑い声を一人諌める者がいる。
「静かにしろお前ら。俺たちの荷物は人間にも分散して持ってもらっているんだ。余計な元気があるとわかれば、荷物を増やされるぞ」
「レオニード。お前は平気なのか」
「体調管理も戦士の仕事だ。今のところ、問題ないな」
シシの獣人レオニードは威厳に満ちた眼差しを仲間に向けた。レオニードは派遣された獣人の中ではニア、ヤオに続くまとめ役であり、既にグルーザルドでも500人長の地位にある。実力も十分であり、本来なら派遣などなくともグルーザルド本国で出世ができるのだが、ロッハの計らいでこっそりと派遣された。
もっともレオニード自身も、人間の世界や暮らしに興味があった。またレオニードはいずれ獣将としてグルーザルドで活躍したいと本気で考えている。そのためには外の世界を知っておく必要があると常々考えていたので、今度の話を良い機会と考えた。
当然そんなレオニードは、仲間の十分な信頼を得ている。ニアやヤオに信頼を寄せていないわけではない獣人たちだが、年若い女性二人が指揮官だと、どことなく不安がないといえば嘘になるので、いかにも強壮なレオニードが一人いるだけで内心ほっとするのだった。
だがレオニードの内心は真逆だった。先の戦いでも、雪原の魔獣は皮下脂肪が厚すぎて自分たちの打撃では満足な打撃が与えられないのだ。ゴーラに直接教えを受けたニアやヤオでさえ、足の踏ん張りがきかない雪原では満足な掌打が打てず苦戦した。まして彼女たちの指導を受けた他の獣人では、戦闘ではほとんど使い物にならなかったのだ。
レオニードは表情にこそ出さなかったがそのことを非常に恥じていたし、また歯痒くもあった。グルーザルドの500人長にまで出世したことで、どこか自分の強さに己惚れていたことを、今更悔やんでいた。
だがそこは他の者より立場が上なこともあり、自分の感情は押し殺して他の者達を励まさなければいけない。
「とにかく、体調に異常を感じたら早めに申告してくれ。倒れて迷惑をかけるより何倍もよかろう」
「了解だ、レオニード。倒れたら荷物とまとめてグラフトンに担がれちまうからな」
「その前にヤオ副長に踏んづけられて起こされるさ」
「なんだそりゃ、ご褒美か?」
「そりゃテメェの趣味だ」
ははは、と明るい笑いが聞こえる中、レオニードはしょうのない奴らだと軽くため息をついていた。まだこの元気があるうちは先頭でも使い物になるだろうと思う。
だが一人、この会話で全く笑わず、淡々と歩く獣人がグラフトンの他にもう一人いることにレオニードは気付いていた。クロオオカミの獣人セイト。寡黙であまり獣人の輪にいても自己主張しない男だが、一般兵の募集の中からなぜかこの遠征にまで残っている獣人であった。戦闘で何か目立った活躍があったわけではないが、いつも最も激しい戦いの中にその姿がある気がする。そのセイトはこの厳しい行軍の中、不満の一つも上げずついてきている。
レオニードはセイトのことを不思議に思ってあれこれと考えを巡らせようとしたのだが、仲間が度々話しかけてくるせいで中断され、この後も目的地に着くまで思い出されることはないのだった。
続く
次回投稿は、3/26(木)12:00です。