封印されしもの、その41~小休止①~
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アノーマリーは幻影を操作してテトラポリシュカとの会話を終えると、一人私室でため息をついた。氷竜を魔王にするなどという愚行は、黒の魔術士を抜け、こちらに来てから知った所業だった。もちろんセカンドがやったことは明白だったが、いまさらセカンドを処分する気にもなれない。セカンドという便利な手足がなければ、この工房を維持することは不可能だからである。
アノーマリーが真に残念に思うのは、氷竜という極上の素材を使えばもっと性能の良い魔王を作製することが可能だったからである。前回この工房に来た時は、そこまで研究が進んでいなかった。だが遺跡から知識を得た今なら。
いくつか試してみたい方法がないわけではなかったが、今となっては実行不可能となった。アノーマリーはティタニアに追われることよりも、この工房の位置がばれてしまったことよりも、ただそのことだけを悔いていた。
「はぁ、どうしようかね。この工房と引き換えにすればティタニアはなんとなかなるかもしれないけど、研究成果を移す時間はないし、せめて3日でも時間が稼げればよいのだけど、ディッガーじゃあ1日も稼げれば良い方かなぁ。
さて、それよりもどうしてこの場所がばれたかだね。セカンドにはクベレーほどの知性をつけていないんだよね。セカンドが単独で思考して裏切ったとは考えにくいし、そもそもこの工房には入り口がないんだ。セカンドに干渉しようもないんだけど・・・まあいいか。まずはセカンドの状態を確かめるとしよう。それに1日あればアレの調整はできるだろうし、ティタニアくらいは返り討ちにしておかないと溜飲も下げられないからね。ボクの力を舐めたことを後悔させてやるよ、オーランゼブル」
アノーマリーはオーランゼブルの驚く顔を想像して一人で不気味な笑みを浮かべると、工房の奥深くに向かったのだった。
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テトラポリシュカが姿を消したことは、すぐにアルフィリースに報告された。もちろん、報告をしたのはピートフロート。
最初はティタニアが出現したことで自発的にテトラポリシュカが姿を消したことにしようとしたピートフロートだが、ウィクトリエのことをごまかしきれそうになかったので、素直に自らが転移させたことを話した。そのせいでウィクトリエの非難めいた視線からは逃れることができなかったが、その後の展開を考えるのならばこれでよいとピートフロートは考える。
嘘をつくなら、真実と混ぜた方がわかりにくくなる。これはピートフロートの持論だった。ピートフロートの最大の目的は、アルフィリースとイルマタルを危険な目にあわせないこと。これが達成されるなら、正直テトラポリシュカがどうなろうと、この大地が破滅しようとピートフロートの知ったことではない。今後ピートフロートは自らが転移させたことで、知りもしないテトラポリシュカの転移先を適当に告げながら時間を潰すつもりでいた。
だがアルフィリースの目つきを見て、思わずピートフロートは真実を告げてしまった。テトラポリシュカはどこにいるかわからないが、おそらくはこの大地を荒廃させている敵の元にいるであろうと。どうしてピートフロートが真実を告げてしまったかは、彼自身にもわからないことだった。
アルフィリースたちが動き始めてからしばしの後、ラインがアルフィリースと並ぶように歩いていた。
「アルフィ、そろそろ休憩の時間だ」
「まだ早いわ。もう少し進むべきよ」
「寒冷地用に整えた重装備の人間たちは構わん。だが獣人の中でも元々寒冷地にあまり強くない種族はそろそろ限界が来る。彼らは俺らと違って厚着の習慣があまりないからな。慣れないことをさせると、いざという時に使い物にならん。おそらくこの先戦闘になるだろうから、体力は温存すべきだ」
「・・・そうね、なら小休止にしましょう」
アルフィリースが全員に命じて休息を取らせる。彼らは小休止をしながら、アルフィリースがラインに話しかけた。
「どうして戦闘になるとわかるの? まだリサやウィクトリエ、それに精霊も騒いではいないわ」
「戦いの気配ってやつだ。もっと言うなら、風に戦いの気配が乗って流れてきてやがる。ただの勘だがな」
「勘ね。一応信じておこうかしら」
「おっ、俺のことをちっとは信頼する気になったか?」
多少おどけて見せるラインだが、アルフィリースは無視して話を続けた。
「実績は認めているわ。あなたが私の知らないところで色々と気を回していることもね。あなたの有能さに気づかないほど、馬鹿な女ではないつもりよ。好みはさておきな」
「一言多い気もするが、そうあってほしいものだ。俺も馬鹿な指揮官の元で戦うのは嫌だからな。指揮官が馬鹿だと部下が死ぬ。優秀でも、冷静さを欠いたら馬鹿と同じだ。あのテトラポリシュカは確かにとんでもない力を持っているようだが、指揮官には向いていなさそうだ。だから大魔王として討伐されてしまったんだと思うぜ」
「随分と有能な指揮官を知っているような口ぶりね?」
「おそらく、この大陸で一番優秀な指揮官だったと思う」
「アレクサンドリアのマスターナイト、ディオーレかしら?」
「・・・知ってたのか」
ラインの口調は驚いていたが、その表情は変わらない。周囲の目もあるため、ラインは何事もなかったかのように話し続けた。
「いつ気付いた?」
「確信らしきものを得たのはちょっと前よ。剣技の癖で嫌でも周囲が噂をするわ。特にヴェンなんかは他国の剣技に詳しかったし。知ってた? 彼はハウゼン宰相の懐刀であると同時に、他国との儀典的な交流の場について、諸国の剣技を検分する立場にいたのよ。さしずめ、剣技紋章官とでも呼べばよいのかしら」
「それは知らなかったな。野郎、無口だからな」
ラインは苦笑した。事実、ヴェンはどこか達観したところがあり、知恵も剣技も申し分ないほどの腕前にも関わらず扱いやすいのだが、その性質はラインにもいまいち計り知れないところがある。
ラインはヴェンについて考えを巡らせてみた。あの才覚、ただのエクラの護衛にしておくのは惜しい。自分ならどう運用するか。
続く
次回投稿は、3/24(火)12:00です。
 




