封印されしもの、その40~テトラポリシュカ⑫~
「埒があかん、殺すつもりでやるしかないな。風の精霊は戻ってきたか・・・よし」
テトラポリシュカは風の精霊を集め始めた。精霊と交信、あるいは交渉することのできる領域に達すると、多少の詠唱などによる精霊の従属や行使は省略することが可能となる。それを親和性が高いというのだが、テトラポリシュカは精霊と直接対話をすることができるので、その場の状況に応じて様々な種類の精霊と交渉しながら戦う。
そのため、テトラポリシュカは使用する魔術の系統を選ばない。ただ、この大地にあるため元来得意な火の魔術はほとんど使用することができず、水の魔術は使用しやすくなっているという偏りはある。
テトラポリシュカはいつも状況に合わせた戦い方を忘れない。
「久しぶりに左手の魔眼も使うとするか」
テトラポリシュカが風の刃を放ち、左掌の魔眼が風の刃を追いかけた。風の刃は氷竜の肉を斬り裂くと、一直線に飛んで彼方へと消え去るはずだった。
その瞬間、左手の魔眼がぎらりと光った。
「再現しろ、『愚者の演劇』」
すると、彼方に飛んでいったはずの風の刃が突如として空中に出現し、再度氷竜の肉を引き裂いた。ブレスを吐こうとした氷竜は体勢を崩し、地面に向けてブレスを打ち出す羽目になってしまった。
雪が爆風で舞い上がるが、テトラポリシュカは攻撃の手を休めない。次々に飛来する風の刃が絶え間なく氷竜の肉を裂き続け、雪の上に血の絵画を描いていた。そうして氷竜の巨大な体を支える四本足が原型をとどめなくなった頃、ついに氷竜の巨体は一つの鳴き声なく雪原に倒れ伏した。
「ここまでやらないと倒れないのか。完全に痛覚は麻痺しているな。というより、まるでドラゴンゾンビのようだ」
何があったのかとテトラポリシュカが訝しみその原因を調べようと歩み寄ろうとしたその時、虚ろな目をしたままの氷竜の体がむくりと起き上がり、先ほどまでとは打って変わった敏捷な動きをもってテトラポリシュカに噛みつこうとした。
テトラポリシュカも不意こそつかれたが油断していたわけではないので、体をねじって飛んで躱した。だが宙を舞う時に襲い掛かってくる尾の二撃目はさすがに躱すことはできず、雪に叩きつけられてしまう。
雪原を転げまわって衝撃を逃がしながら、同時に距離を取るテトラポリシュカ。起き上がったテトラポリシュカの目に入ったのは、変化を遂げる氷竜の体。裂けた肉は元に戻ろうとして過剰な再生を行ったためか醜く盛り上がり、歩く芸術とまで言われたその美しい体は見る影もなくなっていた。
「これは・・・なんだ? まさかアルフィリースの言っていた異形の魔王と言われる生物だというのか。氷竜を使ってまさか魔王を作ったとでも?」
「その通り」
氷竜の影から聞こえる声に、テトラポリシュカがはっとする。気が付けば、氷竜の横には小さな影が立っている。いや、それは魔術で作り出した幻影なのか宙に浮いていたのだ。
「お初にお目にかかる、大魔王テトラポリシュカ殿。ボクの名前はアノーマリー。究極の生命を求めて研究を続ける者だ。そしてオーランゼブルの仲間――元だけどね」
「ふん、お前がこの大地を騒がせている張本人か。究極の生命とはよく言ったものだ。趣味が悪いんじゃないのか、お前の姿通りにな」
「今のところ能力重視でね、まだ姿形までは手が回っていないんだよ。それに魔王なんてものは恐れられていくらだろう? ならば醜悪な姿の方が、畏怖されるってものじゃないか」
「一理ある。で、そのアノーマリーが何の用だ」
「ちょっとした協力をお願いしたくてね」
「協力?」
テトラポリシュカが不可解な思いを抱いた。間違いなく敵であろうこの男が、協力を求める意味が解らなかったからだ。アノーマリーは自分の横にいる氷竜であった魔王をぽんぽんと叩きながらため息をついた。
「実はこれはボクの作品じゃあないんだ。氷竜に手を出すつもりはまだなかったし、それよりも先にやることがあったものでね。まあ一つの結果を見ることができたからこれはこれでよいのだけれど、ボクならもっとうまくできたかな。残念なのはその点だけだ。
それよりも『これ』を処分しないといけなくてね。命令も聞きゃしないし、役に立ちそうもない。はっきり言って用済みなのさ。だからちょっと始末を手伝ってくれるとありがたい。今ボクは手が放せないし、何よりこんなのを始末するのに手を動かすのは面倒でねぇ」
「・・・一つ聞く。貴様は他人の命をどう思っている?」
「わかりきったことを聞くなよ、全部道具に決まっているじゃないか。違うのは役に立つか否か。それだけさ」
アノーマリーが半ばあきれながらその言葉を告げた時、アノーマリーの幻影が出現していた場所が突如として爆発した。向けられたのはテトラポリシュカの右手。同時に異形と化した氷竜の体も爆発で四散し、元に戻ることはなかった。
爆発で舞い上がった雪が収まる頃、アノーマリーの幻影が残念そうな顔で現れた。氷竜の死骸を踏みつける仕草をしながら、顔をしかめている。
「あーあ、これだけの素材を使いながら、この程度の魔王しか作れないのか。セカンドはクベレーと違って知性に欠けるなぁ。それにしてもその魔眼は見事だねぇ、爆裂の魔眼ってところかな?」
「使うのは久しぶりだがな。加減ができないし、使えば敵が惨いことになる。だが貴様に容赦は不要だな。貴様はまごうことなき悪だ、八つ裂きにしても哀れとも思わん!」
「ぞくっとくる台詞だねぇ。人妻に八つ裂きにされるのも新しくていいけども、しかし!」
アノーマリーが自分の後方を指さす。そこからは魔王と化した氷竜の群れが数えきれないほど歩いて来るのだった。
「これを全部退けることができたら相手をしよう。ボクはこの氷竜たちがやってくる方向に拠点を構えている。しばらく動くつもりはないから、ゆっくり待っているよ。
ああ、だけど侵入者が近づいてきているからできる限り早く来てね。そうしないと、君の魔眼を受け止め損ねてしまうかもしれないから」
「ほざけ!」
テトラポリシュカがもう一度アノーマリー目がけて魔眼をかざし爆発を起こしたが、アノーマリーは哄笑と共に姿を消した。後に残るのは、奇声を上げながら迫る異形の群れ。
テトラポリシュカはなんとも不快な気分でこれらの群れを見た。
「ああ、そういうことになっていたのか。氷竜の群れがこの体たらくなら、道理でこの大地が荒れるわけだ。もうこの大地も安全ではなくなったのか。折角の安寧の場を得られたというのにな・・・高くつくぞ、この代償は!」
テトラポリシュカは憤りながら、氷竜の群れに突っ込んでいった。
続く
次回投稿は、3/22(日)12:00です。