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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その38~裏切られた約定③~

「その互いに不干渉という誓約も、今となっては意味のないものになってしまいそうですが」

「なんだと!?」

「お気づきになりませんか? この状況があり、そして残った他の真竜が一体何をしていると思いますか?」

「はっきりと言え! 一体何が起きている?」

「イルマタルの親であるルネスとフィーガードが殺され残された者は激怒しましたが、彼らが全滅したわけではありません。彼らはブラディマリアの執事たちに撃退され、一部が里に帰ったのです。残った彼らは虎視眈々と復讐の機会を狙っています。もちろん、彼らがあなたと黒の魔術士の不可侵の条約を知らないわけではないのですが、そもそも手を出したのは真竜達ですし」

「なぜだ、なぜ手を出した?」

「からくりはこうです。元々二つの里の真竜のうち、何体かがオーランゼブルに操られていたのですよ。片方はエクスぺリオンに侵食される里を隠蔽し、片方は人の世界に干渉しようとした真竜たちを破滅に向かわせる。東の大陸、鬼達の説得に出向こうとした真竜は機先を制され既に鬼が滅びたことを知った。ならば鬼を滅ぼした討魔協会に出向いたところ、浄儀白楽の元にいたブラディマリアやその執事たちと出会った。もちろん誓約により彼らに交戦の意志はなかったが、操られた真竜が不意に攻撃を仕掛ければ別でしょう。ブラディマリアは嬉々として反撃を行い、先頭にいたルネスとフィーガードを殺しました。むろん、その段階で先制攻撃をした真竜は粛清されるまでもなく、証拠隠滅のためにブラディマリアに殺されたようですがね。

 そして残った彼らに囁く者がいます。真竜の復讐心と、その無駄に高い誇りを刺激して利用しようとする者が」

「まだ何か起こるというのか」


 グウェンドルフが喘ぐように問うた。進行しすぎた事態に、さしもグウェンドルフも絶望を禁じ得ない。だがアーシュハントラはそんなことはお構いなしに、無慈悲な物語の読み手のごとく語り続ける。


「既にウィスパーなるものに半ば意識を奪われた彼らは、知らず知らず黒の魔術士の手駒になっていると考えてもよいでしょう。彼らは自分の意識で動いているようで、ウィスパーの洗脳を避けることはできていません」

「なんだ、そのウィスパーというのは!?」

「人の世にある異端児ですよ。戦争を取り仕切り、混沌を望む化け物です。彼のおかげで不要な戦争が何度起こされたか。誰もその正体も姿も知らない、知ることができない。彼の能力は音の支配であり魔術とはまた別のようですから、真竜にも有効なのでしょう。そういう意味では、彼もまた『魔法使い』なのかもしれません。

 言うほど便利な能力ではないのかもしれませんが、少なくとも彼らに操られた真竜たちは、一部が隔絶された大地へと飛び立ちました。黒の魔術士の裏切り者であるアノーマリーを処分するためか、あるいは・・・」

「あるいは、なんだ」

「黒の魔術士との戦端を開くための捨て駒か」


 アーシュハントラの容赦ない物言いに、グウェンドルフから殺気が迸った。普通ならそれだけで近くにいる生物が気絶しそうなものだが、アーシュハントラは少し冷や汗をかく程度で、グウェンドルフをまっすぐ見つめていた。


「・・・捨て駒だと? 私の同胞を、捨て駒だと!?」

「親友たる五賢者すら切り捨てて行動を起こしたオーランゼブルですよ? そして彼は同胞さえ道具として使い潰すことを決めたのです。今更真竜の命など、気にも留めないでしょう」

「止める」


 グウェンドルフが人の姿から真竜の姿へと戻る。怒りに赤く染まった目と、逆立った鱗が彼の怒りを示していた。


「真竜たちの命運を預かる族長として、そのような愚かな行為は止めて見せる」

「そうしてください。彼らを止めることができるとしたら、貴方しかいないでしょう。それに、今あの台地にはアルフィリースがいる。下手をすると、彼女が巻き込まれかねない」

「アルフィリースが?」

「イルマタルもです」

「!?」


 グウェンドルフの目つきがさらに険しくなった。その変化を見て、アーシュハントラは一つの確信を得た。


「やはりイルマタルは特別な真竜ですか」

「・・・私にもわからん。それを確認するために古竜たちの元に行ったのだが、彼らはまだ何も応えてくれない。だがイルマタルの力は非常に貴重だ。アルフィリース共々死なせるわけにはいかん! 礼を言うぞ人間、では急ぐので失礼する!」


 それだけ言うと、グウェンドルフは音を切り裂いて飛び立っていった。ここから隔絶された大地まではさほど遠くはない。ほどなくして彼は残された真竜に追いつくだろう。ただ、彼らがグウェンドルフの言うことを聞ける状態かどうかは別の話だ。

 アーシュハントラは嵐が過ぎ去った後のように、大きく息を吐き出した。


「色々と慌ただしい真竜の長だ。非常に力もあり知恵もあるが、確かに冷静さと知性にはいささか欠けるかもしれないな。誰かもわからぬ者に礼を述べるなど。まして私は人間ではないのですが」


 人間なら、真竜が正気を失うほどの量のエクスぺリオンが漂うこの谷で動くことができないだろうにと考える。

 そしてアーシュハントラは冷静に腰の剣を抜いた。


「そして私が何をしにこんなところまで来たのか、もう少し疑った方がいいでしょうに。エクスぺリオン――それは禁忌の薬だ。まさか人間に飲ませるだけで個体を変性され、魔王に変えてしまうとは。今のところ真竜にどのような影響が出るのかはわかっていませんが、このまま彼らが死んで魔王にでもなったら厄介だ。誰も追いつけない速度で飛び回り、空からブレスで死をまき散らすような魔王が群れを成して飛行するなど、考えるだに恐ろしい。

 今のうちに処分させてもらいましょう。悪く思わないでください、グウェンドルフ」


 アーシュハントラの剣が持ち主の意志に応えるようにぎらりと光ると、アーシュハントラはその剣を近くで呻く真竜の喉元に向けて振り下ろしたのだった。



続く

次回投稿は3/18(水)12:00です。

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