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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第四章~揺れる大陸~
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封印されしもの、その36~裏切られた約定①~

「無駄だったのか・・・いや、呼びかけに応じるまでに時間がかかるだけだ。この一手は無駄にはならない。今はそう信じるしかないか」


 グウェンドルフは無理に自分を納得させるようにつぶやきながら、里へと歩みを進めた。だが里の入り口近くに来たところで、ふとその足が止まる。

 違和感があった。いかに静かな里とはいえ、族長たる自分が帰ってきて何の出迎えもないのは異常だ。ましてここにはまだ幼い竜もいる。外に誰もいないのはおかしかった。

 グウェンドルフの足が自然と早くなる。彼は一番近い真竜の棲家に入っていった。山を掘った洞窟にすむ真竜だが、その一つ一つの入り口には侵入者を撃退するための罠があり、真竜同士といえど互いの棲家に無作法に入ることはできない。だがそれらの罠となる魔術は全て稼働していなかった。


「魔術が解除された? いや、新しくかけなおされていないのか」


 侵入者迎撃の罠は一定の期間で効果を失うが、それが証拠に随分と長いことこの洞穴は放置されたようだった。

 いったい何年放置されていたのか。グウェンドルフは長でありながら一人里を離れ、きままな暮らしを数百年もしていたせいで、里には百年以上も帰っていない。グウェンドルフの知る真竜の里とは全く異なっているこの事態に、グウェンドルフの焦燥感は非常に強くなっていった。


「誰もいないのか!?」


 グウェンドルフの叫びには誰も応えない。だが、微かに聞こえた息遣いを耳にして、グウェンドルフは洞窟の奥に駆け込んだ。記憶が確かなら、この洞窟は自分とそう年齢のちがわない真竜が住んでいたはずである。少し気弱で無茶をした時分には散々連れまわした子分のような真竜だが、つがいを見つけて平穏な暮らしをしているはずであった。

 だがグウェンドルフが見た光景は、想像とは全く違っていた。


「なんだ、これは!?」


 グウェンドルフが目にしたのは、想像だにしなかった光景だった。グウェンドルフが連れまわしたかつての年若い真竜は、夫婦ともどもやつれ果て、洞窟の奥で糞尿と涎を垂れ流しながら横たわっていた。凄まじいまでの異臭が、長期間この状態であったことを示している。かろうじて生きていることがわかるが、鱗はひび割れ一部体は腐って腐臭をまき散らし、それはひどい有様であった。荘厳で最も知恵のある種族としての真竜としての威厳などどこへやら。彼らはまるで白痴のように、小さく呻きながらそこに横たわっていたのだ。


「どうした、ユーノゲラス! 何があった!?」


 グウェンドルフはみずからが汚れるのも構わず駆け寄ったが、かの真竜からは返事が得られることはなかった。ユーノゲラスの視線は定まらず、濁った両目は空中を泳いでグウェンドルフを見つめることはなかったのだ。

 グウェンドルフはその洞窟を飛び出ると、一つ一つの洞窟を見て回った。だがどこの洞窟も状況はほとんど変わらず、同じように焦点の定まらぬ真竜達が呻き、中には死して腐敗が始まっているものもあった。

 グウェンドルフは自分と会話ができる者が一体もいないことを悟ると、よろめきながら岩壁にもたれかかり、両手で顔を覆っていた。


「・・・どうなっているのだ。私がいない間に、何があった?」

「答えを教えましょうか?」


 絶望に打ちひしがれたグウェンドルフの前に現れたのは、一人の人間だった。突如として現れたその男にグウェンドルフははっとしたのだが、その顔にはどこか覚えがあるような気がした。


「誰だ、貴様は・・・いや、どこかで会ったことがあるのか?」

「私の名前はアーシュハントラ、ギルドに登録する傭兵の一人です。一応、勇者認定を受ける程度ではあります。真竜の長たるグウェンドルフ殿に一言伝えるべき事柄がありまして」


 アーシュハントラはグウェンドルフの問いかけには答えず、軽く一礼だけをして見せた。目の前の男をグウェンドルフと知りつつ、この態度。アーシュハントラにしてみれば丁寧な言葉遣いをしていたが、それにしても図抜けた態度だった。

 これほどの態度をとれる男がただの傭兵であろうはずはなかったが、グウェンドルフもまたそれどころではなかったので、小さな疑問は頭の隅に追いやられてしまった。


「ではその勇者が何の用だ。だいたいこの里にどうやって入った? ここは翼を持たないものでは来ることさえ無理なはずだ」

「この惨状の答えを教えると言いましたよ? それに、道なんていうものはどうとでもなるのです。人が最初に取った場所が道と呼ばれるのですが、今はそんな禅問答はどうでもよろしい。

 まず答えを告げましょう。そうしないと、あなたは掛け合ってくれそうにすらありませんからね。全て、オーランゼブルの仕業です。いえ、正確にはオーランゼブルがカラミティとアノーマリーの協力を得て仕掛けた罠、とでも言いますか」

「どういうことだ。どうしてわかる?」


 グウェンドルフの咎めるような問いかけに、アーシュハントラは冷静に切り返した。




続く

次回投稿は、3/14(土)12:00です。

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