封印されしもの、その35~訪れる男①~
さしも勇猛なキバヒョウたちも、立ちはだかるもの全てを砕き前進するディッガーでは分が悪い。勇敢にも立ち向かった者、思わず距離をとろうと後退した者、その全てをディッガーは肉片に変えて突撃してきた。
レイヤーとヴォルスはその様子を見て、一瞬で踵を返して後退を始めた。アノーマリーのことなどもはや眼中にはなく、考えたことは同じだった。
「広い場所、どこにあったか覚えてる?」
「もちろんだ。全力で走れば200数えたところか」
「遠いね、乗せてくれる?」
「よかろう、振り落とされるなよ!」
ヴォルスはレイヤーが捕まったのを確認すると、猛烈な勢いで走り出した。後ろからは掘削音を響かせながら、ディッガーが追ってきているのがわかる。
運良く生き残ったキバヒョウの群れは、ディッガーの後を追うように走り出した。挟み撃ちにしようなどと考えたわけではなく、群れの長を追うべきだと考えたのだ。彼らがいなくなると、一人残ったアノーマリーが嫌らしい笑みを浮かべて肩を揺すった。
「せいぜい派手に暴れまわっておくれ。その方が良い時間稼ぎになるしね」
アノーマリーは侵入者の末路を想像しながら、再び転移で姿を消した。
***
所変わってウィクトリエの治める村。ウィクトリエとテトラポリシュカが狩りに出かけたことは誰もが知っていたが、彼らは普段と変わらぬ生活を続けていた。それが村の長であるウィクトリエと、守り神であるテトラポリシュカに対する信頼だからだ。
そして彼らが狩りに出たということは、この村に何かあれば一致団結して行動する必要があるということである。ウィクトリエは物静かだが人をまとめる能力には長けているし、今まで村人はウィクトリエが長であることが自然すぎて、そのほかの可能性を全く考えていなかった。ウィクトリエもまた慌ただしく狩りへと出かけてしまったため、当座のまとめ役をバラガシュに命じ、その他の細かな指示を何も出さなかった。
そのことが、今のように困った状況を生み出そうなどと、露ほども誰も考えていようか。
「さて、隠し事があるのならさっさと話してもらおうか、もらいましょうか」
門を閉めきってウィクトリエの帰りを待っていた村に訪れたのは、白に金色の刺繍を施したローブを纏う男。門が開かないと知ると強引にこじ開け、取り押さえようとした村人を音もなく数名倒し、今またバラガシュさえも膝をつかせ、ローブに汚れ一つつけず男は悠然と見下ろしていた。
「この村の代表は誰だ、誰ですか?」
「おいだ」
「・・・なるほど、嘘はついていない。だが、誰か出かけているんじゃあないのか? そうだな、たとえば・・・女とか」
男の質問にバラガシュはえも言われぬ不安を感じた。男は全てを知っていて、それでもなお自分に問いかけている。そのような気がしたからだ。
そして嘘をつけばどうなるか。男の瞳はバラガシュが見たこともない光を讃えていた。男は残忍ではない。むしろ、状況に応じてはいかほどにも寛容にも慈悲深くもなるだろう。だが必要ならば。彼は村人をみせしめに殺して回ることも厭わないと感じたのだ。それがたとえ、彼の良心や倫理観に反するとしても、彼は涙を濡らしながら感情を押し殺し、その手を一瞬たりとも休めることなく女子供を拷問にかけることすら平然と行うだろう。それはまるで、村人が行う『狩り』にも似ているのではないか。
そうだ、この男は狩人だ。ならば下手な嘘は通用しないと、バラガシュは確信した。
「本当の村長はでかけているがや。おいは彼女が留守の間のまとめ役だ」
「その村長とやら、人間ですか?」
「・・・半分人間だがや」
「では、『人間でない』のはどこにいますか?」
「たぶん、一緒に行動しとるがや。この集落を襲う連中を討伐しに、外から来た傭兵たちと一緒に行ったがや」
「外から来た傭兵たち・・・なるほど。そうつながるのか。こりゃあ悲しい予想が当たるかもな」
男は独り言のようにつぶやくと、戦いで少々ずれた眼鏡をなおしてバラガシュの横を過ぎ去った。過ぎ去り際、バラガシュは男に思わず問いかけていた。
「同じ狩人の匂いがするおぬしに問うがや。おいたちは狩りをする時、自然の恵みと守り神たるテトラポリシュカ様に祈る。おぬしは一体、何に祈るがや?」
「決まっている、聖女様だ。そして今では、ミランダ様にもだ」
男は――メイソンは当り前のことを聞くなとでも言いたげに、バラガシュに一瞥をくれてその場を去った。メイソンの一部の隙も無い姿を見て、バラガシュは思わず彼とウィクトリエ、そして外からの客人たちが出会わずに済めばよいと考えていた。
***
グウェンドルフは失意の中、真竜の里に引き上げていた。隔絶された大地の中でも、さらに天嶮の要塞とでもいうべき、人はおろか翼を持たぬ生物では入ることすら適わぬ場所。そんな山間に真竜たちの隠れ里は存在した。
グウェンドルフはアルフィリースと別れた後大陸をつぶさに見て回り、その後古竜たちに意見を求めるべく彼らが眠る場所へと足を運んだ。古竜の長ダレンロキア、草原竜イグナージ、巨岩竜バイオデラ、紅蓮竜アポフィネラなど、彼の知っている古竜の眠る場所へと足を運んだが、彼らは誰もグウェンドルフの求めに応じようとはしなかった。
もっとも、彼らも自然と一体化してからの時間はとても長い。もはや自然の中に拡散した意識を取り戻すことすら非常に時間がかかることはわかっていたので、グウェンドルフは彼にしては我慢強く呼び続けたが、全て徒労に終わった。まともな返答すら彼らから得られぬまま、グウェンドルフは引き上げる羽目になったのだ。
続く
次回投稿は、3/12(木)13:00です。




